師匠の松長有慶大僧正が高野山金剛峯寺座主・高野山真言宗管長に正式に御推戴

師匠との縁は不思議なものがある。師匠とは修行の上では内海有昭師の最初の弟子と最後の弟子であり、学問の上でも酒井真典先生の最初の教え子と最後の教え子でもある。そして、その師匠の私は最も不肖の弟子(心配をかけ、手を煩わせてきた)。心から感謝する方がわが師だ。

その師匠が8月17日に高野山真言宗の高野山金剛峯寺座主(高野山真言宗管長)に正式に推戴された。11月15日が正式なご就任(入山)。弟子としてはお身体のことが心配なので管長という激務は避けていただきたいと感じている。しかし、真言宗の一人の僧侶としてはこの人しか居ないという確信もある。私は自分が選んだしだからこそ、この人はという確信があるのだ。
大いなる意思は、やはり人を選んでくれた。対立候補が出ず、しかも立候補ではなく周りの推薦により選挙にならない管長は久しぶりだ。その意味で、今回の御推戴は胸を張って良いものだという思いもある。

http://www.asahi.com/culture/update/0817/019.html
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20060818k0000m040065000c.html

師匠はその偉大さに合わせて偉大な地位へ上られた。私はまだまだそれに着いていっているとはいえないちっぽけな存在だ。しかしだからこそ、師匠が果たすことができなかった分野で活動ができればと感じている。田舎寺院の住職として一人の真言行者として、この社会に積極的に関わりつつ、一人ひとりの人の心の奥の気づきに役立てられるように自分自身を深めて行きたい。今回の師匠の御推戴に改めて自分自身のあり方を感じさせられた。

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瞬間の判断

寺子屋の夏休み前の授業がほぼ終了した。次回は集中講座。今年の集中講座は、「考えずにこなすことの大切さ」を最初に教えようと思う。本当はしっかりと考える癖が大切なのだが、それは普段少しずつ教えているので、この集中講座の間は「瞬間的な判断」の練習をさせるつもりだ。これは数学と英語で鍛えることができる。数学の場合は計算問題や短い文章題。英語の場合は穴あきや語形変化。こうしたことで、無駄なエネルギーの消費を抑えることができるようになる。むしろ頭で覚えるのではなく体全体で覚えさせるというのが今回の目的ともいえよう。最近の学習はどちらかというと頭優先になっている。体にしみこまない教えばかりだ。私のそれを主体で教えていることは否めない。しかし、日本の伝統は違う。日本の伝統では、体にしみこませることを第一とした。だから何度も何度も繰り返させた。門前の小僧習わぬ経を読む。まさにこれを目指そうと思う。一見無意味な繰り返し練習。しかしこれこそが全ての基本。何度も何度も同じことをするそんな夏期集中にしたい。

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アイム・ゴーイング・トゥ・テル・ユー・ア・シークレット

「アイム・ゴーイング・トゥ・テル・ユー・ア・シークレット(DVD付)」( I'm going to tell you a secret)マドンナ(Maddona)の新作CD・DVD。同タイトルのライブのメイキングDVD付。これを観て改めて思った。彼女はやはり凄い。

彼女は音楽を通し、ダンスを通し、メイキングを通し、まさに大いなるいのちの愛を表現しているようだった。彼女は形式的にはクリスチャンではない。しかし彼女はキリストを愛しキリストの真精神を表現しようとしている。それは無償の愛。

彼女がそれを表現する道具として選んだのがカバラ。すなわちユダヤ教の密教。最近、カバラの本を何冊か読み、彼女が入信しているカバラセンターのメルマガを取り、ホームページを読んでいる。そこには彼女がなぜこの教えに親しんでいるのかがよく分かる文言が多かった。

彼女は宗教や政治などによる形式を忌み嫌う。それは魂の無い形式だ。彼女は愛を心から表現する形式は大切にする。本当に大切にしている。彼女はまさに愛を表現している。それが分からず、彼女の表面的な言葉や行動を見て批判する人は、おそらく愛を知らない人なのだろう。そういう批判者はイエスから最も遠くに居るようにも思える。

彼女の詩は実に深い。本当に深い。宗教者である私から見てもとても深みを感じる。その深みを改めて感じさせられるCDでありDVDであった。イマジンを歌う彼女は実に優しかった。AMERICAN LIFEを歌う彼女は実に確信犯だった。American Lifeが不評だったのは良く分かる。あまりにもイラク戦争に反対を表明しすぎたからだ。しかし、今ならばこのAmerican Lifeはもっと受け入れられるようにも思える。

彼女は心の表現として社会活動をし、その社会活動を通して自分の心を深めるという、二つの方法を取り入れている稀有な人材だ。時代が選んだ時代の申し子のようにも思える。マドンナのこのCDについたDVDは彼女のことを知る絶好の機会だと思う。

マドンナを語るとき、アンジェラ・ベッカーというマネージャー兼アシスタント。彼女の存在も忘れてはならないだろう。

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中外日報の取材

中外日報の取材を受けました。この日の授業は以下のとおりです。

マドンナの歌にFORBIDDEN LOVEというものが二つあります。
その新しいほうの歌詞を題材に英語の授業を展開。
ただし単に英語の授業をするのではなく
FORBIDDEN FRUITの話やロミオとジュリエットの話など
西洋の常識にいたるまで話。
そしてマドンナのコンサートで、この歌が流れた場面を説明。
十字架から降りた彼女の頭上で流れた映像。
一つの細胞が分裂し二つになり四つになり八つになり無数に増える。
そしてその無数の細胞がいくつかのグループになり
ダビデの星、月と星、法輪、十字架、オーム、陰陽など
さまざまな宗教のシンボルを形作っていく。
そしてそれが重なり反発しあいながら最後はひとところに集まり
またばらばらの細胞に分裂して、大きな細胞を形作る。
この映像の説明を授業で行ったのです。
子供たちは食い入るようにこの話を見つめ、話をしてくれました。
その後、聖書の話をより深く掘り下げ。
仏教的に見たら聖書はどのように映るのか
そこに書かれていることが決して仏教と矛盾しないことを
知ってもらうための授業させていただいたきました。

取材にこられた荻原記者さんとその後話をしていて
その宗教的なレベルの高さに感心していただけたようです。
この授業で説かれたのは一つの宗教ではなく
多くの宗教に目を開けろというものでした。
これは宗教だけではなく、いろいろなことに言えます。

寺子屋は単なる学力向上の場所ではありません。

ここの授業を体験してくれた子供たちがより心のうちを掘り下げるきっかけになればと思っています。

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新入生の明言

新入の生徒の名言?

私「30と9はともにどんな数字で割ることができる?」

生徒「1」

私「・・・確かにそうだね。うーん、僕自身が思いもしなかった答えだ!」

この生徒は実に面白い視点をしている。この視点は大切にしなければならない。学校という場でつぶされないように心から祈る。私も彼女から大いに学ぼう。

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生徒に教えられる

生徒に言われた。

「思い立ったらどんなに遅くなっても、たとえ五分でも良いから今日すぐにやる。」

諸事情があり、生きた英語を勉強しなければならなくなった。そのことを生徒に話したら、上記のことを言われたのだ。本当にその通りだと思った。だから、その生徒に感謝した。すると感謝された生徒のほうが驚いた。その生徒自身も実行していないことだったからである。しかし、その次の日に確かめると、その生徒はちゃんと勉強をしていた。私は嬉しかった。

最近、前半の20分ほどを話で盛り上げている。とくにLAから帰ってきてこっちは、今の自分の熱き思いを伝えようと、いろいろ工夫を重ねている。こうした話を聞くと生徒たちは俄然やる気を出してくる。面白いものだ

。そして勉強が分かり始めると欲が出てくる。欲が出てくるとますます勉強をするようになる。それを自分自身でとらえることが重要なのだが、ここは教師と生徒の根気比べだと思う。

生徒は実は教師を教える教師でもある。そのことを私は常に自覚していたい。彼らにいつも感謝している。

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新たな生徒が参加

新たな生徒が今日から参加。まずは彼女がどんな生徒かじっくりと観察したいと思う。

今日は一人の生徒が将来のことを語ってくれた。そこへカミサンを呼んだ。彼女の体験と思いを生徒たちに聞かせたのだ。するとその生徒がそれに触発された。自分の枠を取り外して、前に進もうという意欲を大きく燃やしてくれた。しかも自分から率先して、元気よく最後の挨拶も丁寧に号令をかけてくれた。これは嬉しかった。よい成績を取る事よりも、一人の人間として気づきを得、これからの人生に前向きに取り組んでいくということを実践し始めたのだ。嬉しさと共に私もまた彼女の行動に感動した。

新たな生徒が入ってきてくれたときに、元から居る生徒が将来を語ってくれたということに心から感謝したい。私もまた大いに学ばされた。

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子どもの夢を尊重するのであって、自分の夢を押し付けてはならない

先日、小学校の同窓会に出席した。そこで感じたことがある。小学校中学校と成績が良かった生徒や、いわゆる進学校と呼ばれる高校に進学した生徒が幸せになっているわけではないと痛切に感じた。東大を出た同級生は、親との交流もなく音信不通になっていた。一方、高校に行かなかった同級生は日本を駆け回りながらも親と同居し楽しく生きている。個の差は何なのか、改めて考えさせられた。

今まで受け持ってきた生徒たちもそうだ。成績優秀だった生徒が大学受験で失敗し、あまり幸せそうにしていないものも居ると聞く。一方、学校はそこそこだったが、今の自分に満足して毎日を幸せに生きているものも居る。なかでも舞台という夢を追い続けアルバイトと並行しながらも舞台女優として活躍しているTさん、馬の調教師を夢見て今はその専門学校に行き就職先にも目処がつき毎日を馬の世話をしながら楽しく生きているO君。彼らは決して成績が良かったわけではないが、今は夢を自分のものとして最高に生きている。

こうした実例を見ていくと、やはり学校偏重の親御さんたちに強く訴えたい。勉強ではない。学校や塾の先生との交わりは、一人一人の人間として触れ合うことによって、それに触発されて何かを得ていくものだと。成績以上に何かを得るものは必ずある。そして、その得るものを得た生徒が成績も伸ばしていく例が少なくない。その成績とは学校の勉強ではなく、その人の持つ夢という成績だ。学校という亡霊に騙されないで欲しい。一人ひとりが何をしたいのかという夢こそがもっとも偉大なものなのだ。

最近、馬鹿だ馬鹿だといわれ続けていた生徒が、急激に成績を上げてきている。それは根気良く「馬鹿じゃない。賢いんだ。できるんだ。」と言い続け、褒め続けることで結果が出てきているように思う。親の仕事は、子どもを褒めること。叱るのは3、褒めるのは7。この加減を狂わしたとき、子どもは堕落をするし、一方では落ち込んでしまう。

親の夢を子どもに押し付けてはならない。子どもには子供の夢があり、その夢を追う権利を持っている。一方、親は子どもの夢を最大限尊重する義務がある。親の夢を追い続けて欲しいという親の欲望が子どもを抑圧していることを知ってほしい。

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大声で褒め上げる

今日は授業前に子ども達にあることをしてもらった。大声でお互いを誉めあうということだ。中学校3年生の女の子たちは実に素晴らしかった。ところが、頭で考え、心の叫びを止めてしまう生徒のほうが多かった。それを見て悲しかった。自分があまり誉められたことがないせいか、人を誉めるということを知らない子どもたちが多いことがわかった。ということは、人の良いところを探すことが苦手になっているのだ。これでは楽しく生きていくことが難しくなる。残念ながら、家庭でも学校でも非難され怒られ、マイナス言葉を一杯言われているのだろう。この言葉が言った本人も言われた人も貶めるということに誰も気づいていないのだろう。

今後しばらくの間、一週間に一回は人を褒め上げるということを練習させようと思う。どんな生徒も素晴らしい。ほんとうに素晴らしい才能もあるし、そのままでも凄い。大いに誉めあう。これを寺子屋名物にまで持ち上げたい。その可能性を魅せてくれた生徒たちに感謝する。

Greatwords_2 ゴメンナサイ。画素数の問題でキレイなものをアップできませんでした。ご要望の方は、印刷費+封筒代+郵送代=250円(切手または現金)でお送りいたします。manager@kiriku.co.jp まで「用語集1希望」とご連絡下さい。

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NHKの歴史ドラマは生徒の心を豊かにしてくれる

『大化改新』、寺子屋の生徒たちに観せて、それをネタに考え方を深めるようにしています。今回は蘇我入鹿が権力を得て山背大兄皇子(聖徳太子の子)を討ち、中大兄皇子(後の天智天王)と鎌足が南淵請安に出会い心酔。そして鎌足夫人と入鹿との対話へと進んでいきます。南淵請安という名も、彼らは初めて知ったようです。

今回のシーンを観て子どもたちは『大化改新』に対してより身近に感じてくれるようになりました。特に鎌足夫人と入鹿の対話は、完全にフィクションでありながらも、とても深みのある内容だったからでしょう。蘇我入鹿、中臣鎌足、聖徳太子、山背大兄、中大兄など、文字面でしか知らなかった人物に自分なりに魂を吹き込んでくれたようです。

映像を見た後での対話で、ある生徒が言いました。「蘇我入鹿って思ったより良い人じゃんかぁ」。これはスゴイと感じました。ここまでイメージを豊かにしてくれたとは、嬉しい限りです。

NHKにはもっとこの手のドラマを創っていただいて、もっと日本人の歴史観を豊かにしていただきたいと感じます。歴史ドラマは人を動かす原動力があります。NHKに深く感謝しています。

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