2017年6月19日 (月)

県岐商の吹奏楽とその先輩のサックスに魅了され

昨夜は県立岐阜商業の吹奏楽部のサマーコンサートに信者さんと妻と共に行きました。
吹奏楽部には先日大変お世話になったので^_^

第二部で共演された県岐商吹奏楽部の元主将で卒業生の服部令子さんのプロのサックス、震えが止まらないほど感動しました。内の内なる光に触れるとはこういう感覚なのかと。また聴きたい!
彼女のブログに、ちらっとその時の様子が^_^
服部令子さんのブログ

サックスは今まであまり好きなジャンルではなかったのですが、見事にハマってしまいました。

県岐商も服部さんも、どちらも超お勧めです!

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2017年4月24日 (月)

今日は何の日? 「異なる意見を大切に」 1891年4月24日 近代ドイツ陸軍の父大モルトケが逝去する

今日は何の日?

テーマ「異なる意見を大切に」

1891年4月24日のこの日、ヘルムート・カール・ベルンハルト・グラーフ・フォン・モルトケが逝去した。「大モルトケ」と呼ばれた人物である。

プロイセンの軍人で、統一ドイツをもたらしたドイツの英雄。軍制改革をおこない、「近代ド

イツ陸軍」の父と呼ばれた。

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モルトケは順調に昇進したわけではない。しかし、地図作りを偶然にも極めた為に、参謀本部で大活躍する。

政治はビスマルク、軍事はモルトケと、互いに相手を信頼した。ただし、規律正しいモルトケに反し、規律破りの多いビスマルク。二人はあまり仲の良い関係ではなかったらしい。それでも、互いの領分には口を出さず、全面的に信頼して居たという。そしてモルトケは軍部においても他者の意見を大切にした。

今の政治的指導者の中で、こうした関係である人は稀。個性の違うもの同士が、個人的には仲が良くなくとも、国を互いに守ろうとして協力すると、幅広い体制が生まれる。

だからこそプロイセンは統一ドイツを成し遂げたのではないだろうか?
第一次世界大戦や第二次世界大戦の時に、この二人のような器量の大きな人物が上に立てなかったドイツは敗戦の道を歩み苦しんでしまった。

モルトケにも色々問題はあったと思う。しかし、彼の持つ寛容性や知性を大切にしたい。

「自分と意見の異なるものの意見を大切に」これが今日のメッセージ

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2016年12月23日 (金)

「ちょっとした工夫   ”みんなわらしべ長者”ゲーム  "負けるが勝ちじゃんけん"」

「ちょっとした工夫 
 ”みんなわらしべ長者”ゲーム
 "負けるが勝ちじゃんけん"」

ある会の年末忘年会で幹事をする。

いつものように若き合唱を楽しみ
今年は特別に、
少し年輪の多い有志によるハワイアン。

当初はこれだけの内容であった。

しかしこれでは寂しい。

せっかくの会合だから
異なるテーブルに着いた人達が
互いに交流する方法はないのか?

いろいろ考えてみた。

昨日の昼に母の用事でスーパーに出かけた。
そこで、ふと思いついた。

実験をしてみよう・・・

実験用に150円から300円程度のお菓子を
参加者分購入。
(実験なので自腹を切る(^^;と言っても
 大した金額にならないので
 このゲームはお金が
 あまりかからないことが判明 )
お菓子は全部バラバラの種類。

ハワイアンも終わり、会が五分の三、
終了した段階で各テーブルに人数分のお菓子を
適当においていただいた。

「これはいらないと思った
 お菓子を手に取ってください。
 これを交換していきながら
 自分が気に入っているお菓子を
 手にしてみてください。
 条件が二つあります。
 1)自分のテーブルの人とは交換しないこと。
 2)拒否は一回だけできるものとします。
 五分の時間制限ありです。」

ほぼ最初の三分ほどで全員が交換し終わり
およそ自分が欲しいものが手元に届いた。

おもったより受けの良いゲームであった。

効能は
・参加者のテーブル以外の方と交流できる
・欲しいものを手に入れる過程が見える
・自分だけという発想が消える
・全員がwin winになりやすい
・会話が増え結構楽しめる

反省は
・五分は長すぎた 三分でOK
・時間制限より
 例えば三回以上交換というほうが良い
・景品はもっと工夫する必要がある

思いつきで挿入したゲームであったが
それなりの効果があった。

そして最後は
負け続けじゃんけん。
勝つだけでなく最後まで負け続けた人に
景品である餅米五キロを渡すというもの。
効能は
・弱者救済の精神(^^)
・勝つことだけが良いことではないというもの

これも思いつきのじゃんけん大会であったが
それなりに楽しんでいただけた。

これからの宴会で十分に活用できるゲームを
今回は二つ獲得できた。
もう少し練って、深い意味も付加してみたい。

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2016年3月10日 (木)

光が欲しければ 目先のことよりも根本を

「目先ではなく根本を」

西郷隆盛は
太鼓のような人であったという

軽く叩けば軽く響き
大きく叩けば大きく響く
そんな人であったらしい
愚人が近寄れば愚人に見え
賢人が寄れば深き賢人であったという

常にそうありたい
私が願うところ
もちろん西郷さんのようには行かないが(^^
こういう生き方をしていると
誤解されることも多々あるが・・・

何を言わんとしているのかを
深く理解して下さる人には
奥深く響くように心がけている
後日になってから
「あのときの言葉とは
 こういう意味だったのですね」
と後日にお応えいただける方も少なくない
そのたびに、「良かったぁ」と嬉しくなる

ハウツーとか簡単にとか安易なものとか
そうしたものを求める方には
厳しいかもしれない。

今すぐに分かっていただくことより
自分で目を開けていただいた後に
理解していただくことを
大切にしていただいているから。
目先よりも根本という視点。
これは人生を深めてくれる。

目先のものよりも
根本的なところまで考える

師匠から徹底して教えられたこと。

そして信じる宗教は異るが
D大学のO教授やT元教授の言葉や生き様から
学んだ大切なモノ。
お二人はどういわれようと
お二人は我が心の師。

目先のものよりも
根本的なところまで考える

光がほしい時こそ
大切な言葉

Photo

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2015年10月19日 (月)

悪しき意味での軍隊形式が今も学校で行われている?

軍隊形式が今も学校で行われている?

各務原市の桜がぽか中学校、サッカー部の二年の生徒が数人
学校の登下校の最中にヘルメットを被らなかった
それが見つかり連帯責任の草むしり
途中でまたノーヘルが見つかり草むしりが延長
この一ヶ月間、
ウィークデイの部活動は草むしりばかりだという
関係のない一年生までもが連帯責任とか

顧問や担任に罰則無し

これをおかしいと思わない教師・指導者と保護者

これをおかしいと感じる私(^^;

連帯責任という言葉を
教師も指導者も保護者も
履き違えているのではないだろうか

一日二日ならばまぁそれもありかもしれないが
永遠と続けさせている愚かしさ

もしノーヘルなどの問題で
処罰を受けねばならぬとしたら
それは他ならぬ親であり
担任であり顧問ではないだろうか

しかし
担任も顧問も全く処罰を受けず
こどもたちに
責任を押し付けているようにしか見えない

今も軍隊のような連帯責任が
罷り通っている学校

この話を聞いて悲しくなっている

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2015年2月13日 (金)

名古屋の栄文化センター 季節の行事 二回目の講義

名古屋の栄文化センターでの連続講義第2回目。
春彼岸と、雛祭り、端午の節供のお話をしました。
誰もが知っていながら、誰もがその本体を知らない行事。
目を白黒させていた方もおられました。

春の彼岸は、お墓まいりと漉餡の牡丹餅を。
雛祭りは、本来は冬の穢れを流す行事。
髪の毛を洗うと良いですよと。

端午は女性の日。
また梅雨の前に梅雨を無事に越せるように菖蒲で清める日と。
蓬を使った料理があればなお良いと。

自分でいうのはなんですが良い講義ができたと思います(^^
今回も講義の最後に拍手をいただきました。

感謝!

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2014年11月25日 (火)

松長有慶『高野山』岩波新書を読んで 感想ザックリと

師匠である松長有慶先生の『高野山』(岩波新書)を
読んでのざっとした感想です。

高野山の通史は知っているようで知らないことが多く
良い学びになりました。

改めて感じたのは、真言僧侶とって
高野山の寺院は樹木の幹のような存在。
私たち地方寺院は枝葉。
幹には実は付きませんが
幹が太くなければ枝葉も広がりません。
枝葉は光合成のエネルギーを幹に送り
幹は大地からのエネルギーを枝葉に送る。
お互いがお互いの役目を果たして
一本の木が生き生きとするもの。
高野山のご住職や跡継ぎの方々の
大変さを思い知るとともに
祖山という大地から
私たち枝葉に送って頂いていること
改めて感じました。
実を付けないからと
非難する地方寺院もあるようですが
祖山には祖山の役目
地方寺院には地方寺院の役目があり
その両者が揃ってこそ曼荼羅が成立するもの。
どちらがどうのではなく
共にお互いを思いやって進んで行かなくてはと
改めて感じさせられました。
曼荼羅宗としての心構えを
再認識させていただきました。

また、これ一冊で、案内人ができます。
逆に言うと一般の方々で
この本を読まれている方々がおられることを
私達真言僧は知っておかねばならないとも言えるでしょう。
今以上にしっかりと学ばねばなりません。

真言宗の歴史とも重なりますので
高野山真言宗以外の真言宗の方々にも
ぜひ読んでいただきたい一冊です。

余談ですが来年の1200年の団体参拝時に
参加者全員に配ろうと思います。

http://www.amazon.co.jp/gp/product/4004315085…

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2014年10月 5日 (日)

小学生以下のお子様を持つお母様に。失敗した時こそこどもをも自分をも笑顔で抱きしめてあげてください

小学生以下のお子様を持つお母様に。
最近、おかあさまがたお子様に関する相談が多いので
ありきたりですが、大切なメッセージを記します。

こどもが失敗した時こそ
そのこどもを抱きしめてあげては、いかがですか。

また反省は大切ですが、
怒ったり失敗した自分をも責めていませんか。
そんな自分をも優しく抱きしめてはどうですか?

失敗は、実は大切な学びであり
過程に過ぎないように思えます。
諦めなければ、その失敗は、失敗でなく
自分の人生を彩る大切な色彩のように思います。

日本語の母(はは)やおかあさんという言葉は
一説では「ははははは」「かかかかか」という
笑いから来ているといいます。

普通、外国語ですと、ま・まみ・まむ・めー・も
などマ行でお母さんを表すことが多いようです。
それは、生まれてから最初に欲するものが
お母さんの母乳であり
おかあさん=食べ物
だからだそうです。

日本語の母は笑い。

つまり食べるもの以上に、
子供には笑いが大切ということ。

子どもたちにお母さんをイメージしてもらった時に
ニコニコと笑っている
これが嬉しいですよね。

厳しいしつけは必用です。
時には愛情たっぷりに叱ることは大切です。

かならず叱った後は笑って抱きしめてあげると
しつけの威力は倍増するようです。

笑う門には福来る
笑顔でありたいですね。

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2014年9月21日 (日)

発想の転換 地方であることのデメリットをなくすには・・・ある国家資格を持っている方のお話

ある国家資格をお持ちの方とお話をしました。
その方は、東京でその資格を活かし、
専門性の高い仕事をされていたそうです。
ところが、家庭の事情で
どうしても岐阜に戻らねばなりませんでした。
岐阜の仕事を東京ですることはあっても、
東京の仕事を岐阜が受注することはまずありません。
これを開拓するには、あまりにも大きな労力が必用。
しかも岐阜では専門を活かした仕事もできません。
そこでその方は大きな決断をされました。
海外の仕事を受注しようと。
色々なルートを用いて
海外の顧客を積極的に広げていった結果、
日本での仕事も格段に増えたそうです。
しかも海外で名前が知れたおかげで
日本でもとても高い信用が得られたとのこと。
海外の人にとって、日本のどこでもよく
東京でないといけないということはない
その発想が大いに成功をもたらしてくれたそうです。
国際民間交流も今も数多くされています。
そのうえ、仕事も一人ではなく
同じ資格を有する方を五人
雇うことができる規模となったために、
それぞれの専門性を活かした
きめ細かい仕事へと移ってきたそうです。
とても興味深い考え方でした。
もっともっとこの方から学びたい、そう感じます。
同じグループに入っているのですが、
偶然にも義叔父と深い知己であることも分かり、
可愛がって頂いています。
人のつながりに感謝。そ
してこの考え方をしれたことにも大いに感謝しています。

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2014年7月30日 (水)

アニオタ和尚のつぶやき「ばらかもん」 秀逸なメッセーッジ性のある台詞もあり、ギャグもあり。お勧めアニメ

「ばらかもん」とは、五島列島の方言で「元気者」という意味。作者のヨシノサツキが五島列島出身ということもあり、五島列島の島民への視点は温かく感じます。
主人公は書道家で、ある事件を起こして五島列島に強制引っ越しさせられ、そこで島民と接することで色々と体験し感化され、人間味を深めていくというストーリー。
うちのカミさんにも見せたら、とても気に入ってしまいました。ギャグもあり、泣かせもあり、考えさせることもあり、なかなかのアニメだと思います。

第3話で面白かったのは・・・
主人公が、書道の作品展で18歳に負けて準賞となり落ち込んでいた時に、島内の餅拾いに誘われてで掛けました。ところが一個も餅を拾うことができない。そこに島内で一番餅を拾うことがでる老婆ヤスバアが目の前に現れます。そこでの会話

主人公「結局ここでも同じか…取れる人間と取れない人間がいる…取らない方がいさぎ良いかな」

ヤスバア「うえばっかり見ちょるけん駄目たいね~。ゆっく待って地面におちたんばとっとよ。チャンスは以外にも下におっちょるけんね。」

主人公「誰か上手い奴がいてどうしても拾えなかったら・・・」

ヤスバア「そがんときはなぁ、どうぞお先に・・・譲ってやってもっと太か餅ば狙え! 譲っことと拾う事ばやめんば・・・ほれ、こげんなもんたい。」

とてもメッセージ性の深い会話でした。

その後も、持ちを奪ってももぎ取っていく島民が、実は餅拾いに来れない人のために必死で持ちを集めて、島民たちに配っていることが分かります。

この漫画は、なかなか秀逸です。

http://www.barakamon.jp/

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