2017年7月14日 (金)

今日(7月14日)は何の日? 宇井伯壽師の忌日 「三河武士の如き仏教学の泰斗」

今日(7月14日)は何の日?
宇井伯壽師の忌日
「三河武士の如き仏教学の泰斗」

1963年(昭和38年)7月14日、日本の仏教学の泰斗、宇井伯壽博士が逝去した。享年満81歳。宇井博士は愛知県宝飯郡御津町(現在の豊川市)で1882年(明治15年)6月1日に生まれる。茂七という名であった。道号は活翁。

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十代前半で、現在の豊川市伊奈町にある東漸寺で出家し伯壽となる。曹洞宗の僧侶となった。優秀で住職より「「たとえわしの袈裟を質に入れても、お前は大学まで出してやる」と言われたという。現在の愛知中学・東洋大学京北高校を経て、東京帝国大学印度哲学科に入学。曹洞宗東慈寺(岩手県)の住職でもある木村泰賢東京帝国大学教授は同期であり、彼とともに高楠順次郎に師事する。高楠をして「これこそ本当のアルバイト(学術論文という意味)だ」と言わしめたが、木村が主席で宇井は次席であった。ドイツのチュービンゲン大学(ガルベ教授に師事)・イギリスのオックスフォード大学・ケンブリッジ大学などに留学。東京帝国大学から博士号を得、東京帝国大学や東北帝国大学で教鞭をとり後進を育成。
また僧侶としては出家した東漸寺の住職になる。ただし寺からの収入は全て弟子の育成に用いたという。

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駒澤大学学長にもなり、帝国学士院会員となり、文化勲章も受賞している。東京大学インド哲学の基礎を作った人物でもある。戦前・戦後に渡る日本を代表する仏教学者であり、中村元も彼の弟子。

『印度哲学史』『禅宗史研究』『仏教思想研究』『仏教思想の基礎』『仏教哲学の根本問題』『摂大乗論の研究』『仏教汎論,上下』『唯識二十論研究』『釈道安研究』『陳那著作の研究』など。

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伝統的な仏教学に対してヨーロッパの文献学を導入。サンスクリット・パーリ・漢訳の各経典論疏に対する多大な知識を用いて仏教思想とインド思想を研究した。また原始仏教の縁起説を論理学的解釈することを唱えるなど、多大の業績を残す。現代の仏教学の基礎を作り上げたひとりでもある。

三島由紀夫が『豊饒の海』を書くために宇井の『摂大乗論』などを読み込み、阿頼耶識を理解しようとしたのは知る人ぞ知る話。

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不思議なことに宇井の結婚の記録は全く残っていないらしく、結婚したのはおそらく留学から帰国の一年後くらいのことではないかと推測されている。年齢は15歳違っていた。

伯寿は、死ぬまで三河弁丸出しだったという。若いうちから禿頭であり、三河の田舎者そのもの。学風も質実剛健の三河者らしく、厳密な考証で一言一句も疎かにしない研究態度であったという。仏教学に一生を捧げた三河者。彼もまた三河武士のような人であったのかもしれない。

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2017年7月 6日 (木)

今日(7月5日)は 天台僧 源信師の千周忌 阿弥陀浄土への純粋な信仰者

今日(7月5日)は何の日?
天台僧 源信の忌日 (太陽暦に換算) 
「今日2017年(平成二十九年)7月6日は源信の千周忌に当たる」

今日からちょうど千年前の1017年7月6日(旧暦寛仁元年六月十日)、天台僧で、阿弥陀信仰が深かった源信が数え76歳にて遷化。阿弥陀如来像の手に糸を結びつけ、その先を自らの手に結び、合掌しながら入滅したという。

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源信は、比叡山中興の元三大師良源の弟子であった。村上天皇より法華八講の一人に選ばれるほどの俊才であった。しかし、信仰心篤き母の諌めもあり、横川の恵心院に篭って、ひたすら阿弥陀信仰の道を極めるようになる。師匠の良源が死の床についた時、源信は『往生要集』の執筆にかかった。良源が示寂した翌年、脱稿する。その真摯な阿弥陀信仰の姿勢を高く評価され時の権力者の内覧左大臣藤原道長からも帰依を受け権少僧都を受けたが、翌年には辞している。恵心院の権少僧都となったことで恵心僧都とも呼ばれるようになる。

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『往生要集』は浄土宗や浄土真宗の教書でもあるが、書かれている内容は単純な称名念仏ではない。観想念仏が非常に重要視され、浄土教として天台宗から独立しようとしたいとはまったく見受けられない。源信は、むしろ止観業や遮那業といった天台の教えの延長線上に浄土教を置き、それに専修していた。

『往生要集』は地獄極楽や欣求浄土厭離穢土を平安の世に広めることになる。平安中期から阿弥陀浄土信仰が急速に広まった一因でもある。また北宋(中国)に逆輸入された貴重な一緒でもある。

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結果的には、この書に触発された法然上人や親鸞聖人とその弟子たちが浄土教を大成させていき、またその他の各宗派に多大な影響を与えたのは間違いない。念仏と密教を両立させる動きもあったほどである。

源信の戒名の一文字である「源」の字は、法然上人の戒名である源空、その師匠である源光、また尾張徳川家の代々の戒名にも源(浄土宗であり源氏であることも意味しているか?)の一文字を使っていることは興味深い。

今日は源信の千周忌。「南無阿弥陀仏」の称名念仏をしっかりとお唱えし、源信の純粋な信仰を感じてみようと思う。

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2017年4月17日 (月)

今日は何の日? 平成29年(2017年)4月17日=旧暦3月21日は真言高祖弘法大師(空海)の入定日。 承和2年(835年4月22日)のこと。 

今日は何の日?

旧暦3月21日
真言高祖弘法大師(空海)の入定日。
承和2年3月21日(835年4月22日)のこと。
高野山では壇場伽藍御影堂に入ることができる。

今日は未明(四時頃)に、
自坊の大師堂で金剛界立ての大師法を修す予定

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2017年3月17日 (金)

今日は何の日?3月17日「ダライ・ラマがチベットから脱出した日です」この出来事を内面化させたいと思います。

今日は何の日?3月17日。

1959年、チベットからダライ・ラマ14世が脱出したのが、この日です。どんなに正当性を訴えたところで、当時の中国共産党がしたことは侵略に他なりません。チベットという隔離された場所で、独自の仏教文化を営んできたチベットを占領し、それまで住んでいたところへ大量の別人種を送り込み、結果的には現在のチベットでは独立けできないような状況にしてしまっています。本当に悲しむべき出来事です。

この出来事から学ぶべきことはたくさんありますが、その中でも、自分の素朴な心が周りに溢れた物で侵略されていないかどうかを見つめるのも大切なことのように思います。チベットの人々の尊き犠牲を自分の内面にも生かしていたいと感じています。

今日は知多の岩屋寺さんのお手伝いに来ています。チベットのことも見つめながら、チベットの人々にとって、そして日本にとって良き道がこれから示されることを深く祈ろうと思います。
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2017年1月 3日 (火)

「今年は何をするのかを 見極めるには?」元日に遺書を書く

「今年は何をするのかを
見極めるには?」

かつて高野山では
お正月に住職たちは遺書を書いたという

私も高野山真言宗所属の密教僧として
今、遺書を書いている

今年のこれからの自分を
見つめることに
とても役立つ

生も死も
思うようにならないからこそ
見つめる機会もまた必要

何をせねばならないのかを
何を言い残すのかを
見極めることもできる

昨年と、実父が逝去したために
新年のお祝いは遠慮せねばならない故に
そうした身だからこそ
遺書のことを記させていただいた

何かを感じていただけたら
幸いである

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2015年1月17日 (土)

仏像を観て初めて泣く

仏像を観て初めて泣きました
C64924acbf7145beb125e2bb6bc556a3_3 高野山に行く途中、入院中の大叔母を見舞い、名阪国道を走っていました。お腹が痛い…これは…天理東少し手前。もちろん石上神宮にお詣りに行きました。






Cd7204182bee4076ae9cbe87c5e070f1_2 こうなれば三輪の大神神社も行かざるをえません。三輪は参拝者がいつもより多く感じました。駐車場の誘導員にお話しすると一月はいつもこれくらいとのこと。初詣なのでしょう。お祈り終わり、参道を歩くうちに、突如として安倍文殊院に行こうという気に。近辺は何十度と訪れているのに、文殊院はまだ訪れたことがなかったからかもしれません。




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842523461e5747e594e31c7ba6a0bf9f 文殊院では受付を済ますと、まずお薄の接待。これがまた美味しいお菓子。気持ちを落ち着かせて本堂に入ると、何か優しく力強い霊気?らしきものが。ふと左手を見ると正面に等身を遥かに超える文殊菩薩像。すぐに正面で三礼し、正座。真言を唱え、お近くに行き、また正座しお姿を拝見。すると目から涙が溢れ始めました。この仏!あまりの感動で、どう表現したらよいか分かりません。ただ今まで写真では何度か拝見してきたのですが、遥かに超える素晴らしさに打ち震えました。このお像を創ろうとされた方、実際に造られた方、護ってこられた方、信仰されて来られた方に、深く感謝。時間があればイメージで修法したいと感じていました。このお像のようでありたい、そう思わせる仏像に初めて出会いました。
祈り終わったのちに、お薄で出た落雁と、文殊さまのお写真のある写真集を手に入れました。
明後日まで、後夜(後夜)早朝の祈りは他の仏の修法をすることになっていますので、明々後日からこの写真を用いて早速五字文殊法を修そうと思います。
この後におまけがつきました。
今回に限って予習せずに参加した輪読会。何をするのか全く気にしていなかったのですが、なんとなんと文殊菩薩についてでした。
今日の安倍文殊院の文殊菩薩像との出会いを思うと、この共時性に感動しています。畏れおおく、しかもありがたい御縁です。
こうした出来事が最近頻発しています。本当に日常にこそ神秘がひそむ、それを強く感じます。
It's a small world !

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2014年12月29日 (月)

神仏と遊ぶ時間 朝の修法

少しだけ専門用語を使いますが分からない方は読み飛ばしてください(^^;;
いつもは50分で終わる修法を今朝は一時間半掛けた。所作の部分ではなく、入我我入、正念誦、字輪観だけで50分は掛けたと思う。とてもゆったりとした気持ちの良いものであった。久しぶりに時間に追われずできたように思う。これが春とか秋だともっと時間を掛けたかもしれない。手が冷たくなってしまったために散念誦はいつも通りの観念を整えるものとした。
ときおり、そんなことしてどんな効果があるの?と訊かれる。応えは何も変わらない。空を飛んだり未来予知ができたり、そんな能力が獲得できるわけではない。

しかし、長い目で見ていると、深化という言葉が合うだろうし、人によって顕れかたは異なる。
私の場合は現実世界の中で確率的には頻発することがあり得ない偶然の一致が目に見えて頻発するようになる。それが楽しいし、ありがたい。
そして何よりも修法をして神仏と遊ぶ感覚が強く、楽しい(^^
毎日はこんな時間をたっぷりととることはできないだろうが、来年はこうした時間の使い方を増やしてみたい。

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2014年12月27日 (土)

ブラジル・土佐そして美濃 Small Worldをここに見たり(^^)

日系ブラジル人のNさんが檀家になった。

色々と話しをすると面白いことが見えてきた。 (Nさんからは名を伏せるということで  これを記す許可をとってあります)

祖父母は元々高知県生まれ。 その祖父が先祖に関わる資料を持って居られた。 それを孫のNさんは跡取りということで受け継がれていた。 本人たちは平仮名や片仮名しか読めず そこに何が書いてあるかは知らなかった。

先祖の戒名がいろいろ書いてあるものの中に 面白い資料が混じっていた。 ご先祖が土佐(高知)国に赴いたのは江戸が始まる直前。 それまでは美濃(岐阜)国に住んでいたと記されていた。

400年以上も経て、土佐・ブラジルと渡り そして美濃国であるこの地域に戻って来られたのだ。 Nさんは驚き、先祖の縁を深く感じられた。 まさにIt's a small world.

この後、ブラジルでは自動車はほとんどミッションであり
エアコンも殆ど使わないということ
自動車の色も日本ほどカラフルではないこと
しかし女性のファッションはドギツイくらいカラフルで しかも身体にピタッとする服が流行っているなどの
世間話もしたことを付け加えたい。

あ、大切なことを言い忘れた。

いただいたコーヒーと 自家製のお漬物が抜群にうまかった。
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いただいたものにも こうした御縁に連なったことにも 深く感謝したい

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2014年12月25日 (木)

僧侶はもっと胸を張って葬儀を語るべき 神社との違いを見つめて

日本の神々は現世の存在であるので死を厭います。ですから喪中は神社への参拝を控えるようにいわれます。ただし、抜け道というものはあるもので、鳥居をくぐらなければ神社へのお参りはOK。むしろ身近な者の死の場合は、三十三年経つと先祖霊として神々と合一していくものなので、氏神様への祈りはとても大切。

時折、神仏は仲が悪いとかいう不埒な人たちが居ますが、神仏分離は明治維新に政治的に引き起こされたもの。そうして勝手な考えの暴走は止めたいものです。

一方、仏は生死を超えた三世(過去・現在・未来)に渡り、浄土を有しますので、死を厭うことはありません。もちろん仏教はあの世だけが大切なのではなく、現世も大切にします。あの世重視はむしろ仏教では珍しいといったほうが良いでしょう。むしろ、あの世(彼岸・真理)の中に此の世(俗世)が包み込まれており、あの世から見れば俗世との境界はなく、此の世から見れば人の言葉によって生まれた境界があると見る方が良いかもしれません。だからこそ現世でしっかりと生きることを重視するのでしょう。

そう考えると、仏教が葬儀を司るのも、此の世の言葉で縛られた俗世からの解放という意味が大切に思えます。先師方が仏教とは直接関係ない葬儀を取り込んだのは、とても意義深く思えます。現世のみではないので仏教には死の穢れはありえませんし、現世での言葉という枠組みの解放を伝えるのも仏教ですから、故人や参列者にそれを伝えるのも僧侶の大きな役目。

この文章を書いていて、仏教者は葬儀を司ることをもっともっと胸を張って良いと感じました。

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2014年11月25日 (火)

松長有慶『高野山』岩波新書を読んで 感想ザックリと

師匠である松長有慶先生の『高野山』(岩波新書)を
読んでのざっとした感想です。

高野山の通史は知っているようで知らないことが多く
良い学びになりました。

改めて感じたのは、真言僧侶とって
高野山の寺院は樹木の幹のような存在。
私たち地方寺院は枝葉。
幹には実は付きませんが
幹が太くなければ枝葉も広がりません。
枝葉は光合成のエネルギーを幹に送り
幹は大地からのエネルギーを枝葉に送る。
お互いがお互いの役目を果たして
一本の木が生き生きとするもの。
高野山のご住職や跡継ぎの方々の
大変さを思い知るとともに
祖山という大地から
私たち枝葉に送って頂いていること
改めて感じました。
実を付けないからと
非難する地方寺院もあるようですが
祖山には祖山の役目
地方寺院には地方寺院の役目があり
その両者が揃ってこそ曼荼羅が成立するもの。
どちらがどうのではなく
共にお互いを思いやって進んで行かなくてはと
改めて感じさせられました。
曼荼羅宗としての心構えを
再認識させていただきました。

また、これ一冊で、案内人ができます。
逆に言うと一般の方々で
この本を読まれている方々がおられることを
私達真言僧は知っておかねばならないとも言えるでしょう。
今以上にしっかりと学ばねばなりません。

真言宗の歴史とも重なりますので
高野山真言宗以外の真言宗の方々にも
ぜひ読んでいただきたい一冊です。

余談ですが来年の1200年の団体参拝時に
参加者全員に配ろうと思います。

http://www.amazon.co.jp/gp/product/4004315085…

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