2020年4月15日 (水)

敵を作らなければ自分を保てない人はこの世で輪廻する

「神仏と共にあるのか、見せかけよく生きるのか?
 正々堂々と生きる高家寺の檀信徒のあり方にホッとする」
(長文注意)
 
コロナ禍の情報を収集している中で、ネット出演している方々を見ての雑感。
特に左傾している方々に、もしくは右翼を演じている方々に見受けられること。
 
誰か敵を作らなければやっていけない人が多いのではないだろうか。
その敵を攻撃するために周りに声を掛けている。
声を掛けられた人の大半は自分で物事をあまり考えない。そういう人たちに自分に都合の悪い情報の大半を隠し、敵にとって都合の悪い情報を、時には捻じ曲げて周りに伝える。
そうやって歪な情報を共有して仲間づくりをしていく。
 
自分にとって都合の悪い情報が入ると、時には感情的になり、時には悲劇のヒーローやヒロインを演じ、時には情報を捻じ曲げる。
 
しかし、時を経ていくうちに仲間と思っていた人はは消え去っていく。
 
仲間が消え去ると、そういうひとはまた別の場所に移る。そこでも同じことを繰り返し、また場所を去って同じことを繰り返す。
 
短い期間で自分を中心とした仲間づくりをしている人、他者の噂話をやたらする人、やたらと秘密を共有しようとする人。話題をよく変えようとする人。こういう人に敵を仕立てる人が多い。
 
 
これは人ばかりでなく組織にも国にも言える。
 
 
どこかの国(組織)を敵視してマスコミを煽る。敵視している国の歪んだ情報を他の国に流し、自国に都合の悪い情報の大半は隠す。
 
自国に都合の悪い情報が入ると感情的になり、時には悲惨な過去があったことをやたらと強調し、話題を変える。
 
しかし、そうした国は他国から敬遠されていき、いつのまにかその国の政権が全く異なるものとなっていく。変わった政権はまた同じことを繰り返す。
 
 
人も国も、何故に敵を造ろうとするのか?
何故に、他を貶めようとするのか?
 
単純な心理かもしれない。
他者を貶めることで、自分の地位を相対的に高めようとするから。
ただそれだけなのではないだろうか。
薄っぺらい生き方は悲しい。
 
自分の見せかけを良くするために他者との比較をするのは筋違い。他者との比較で大切なのは、自分のを磨くときのみ。
 
正々堂々とまっすぐ道を歩むことのほうが楽(らく)であり、楽しい。
 
国も組織も個人も、
自らの幅を広げ、
自らを深く掘り下げ、
高潔にあることを
意識していたほうが、
自分のためにもなり
他者のためにもなる。
 
 
宗教心の問題がここにも現れているのかも知れない。
 
国家にしろ組織にしろ個人にしろ、隣や後ろに神仏が居る、神仏に包まれて生きている、神仏が自心にいることをなんとなく感じていられることは幸いである。
もちろん、そういう国家や組織や人は、誤解をされやすい。ただ存続するためだけに薄っぺらく存続している国や組織や個人に敵視されやすい。
それは、欲を超えた世界で生きており、不思議な出来事が日常茶飯事であるから、時には常識から外れているから、欲にまみれた生き方をしている人には理解できない。
本当は神仏とともに生きるほうが楽であり楽しい。正々堂々と生きられる。
 
うちのお寺の檀信徒には感謝したい。長いお付き合いが多い。ヒエラルキーを作ろうとせず、他者を貶めることもない。その方々のためにも、私個人もお寺そのものも、自らの幅を広げ、自らを深く掘り下げ、高潔にあるようにしたい。
 
※写真は人の運命(さだめ)を解き明かす星曼荼羅

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2020年3月31日 (火)

私にとって歴史の勉強も又、真言密教を深めるため

最近、江戸時代中期の歴史関係(尾張徳川家七代目 #徳川宗春 )の物書きをしている。新型コロナウイルスのために会合がなくなり、その時間を利用している。
 
書くために調べごとをし、論文や書籍を読んでいるうちに感じたこと。
 
やはり私にとって歴史学は補助的な作業に過ぎない。今まで発見されていなかったことを見つけることは楽しいし、椅子に何時間でも坐って調べているとタイムトリップしたように感じる。また色々と関連した出来事も身の回りに起きてくる。
しかし、何かが足りない。
 
調べごとをしていると、必ず #真言密教 との関連のものが出てくる。不思議なほどに。それを見つけるたびに、自分の本道は歴史学ではなく、真言密教だなぁと改めて感じる。そして真言密教関連の調べごとになっていくと、どんどんと深まっていく。祈りにも繋がる。いつも行き着く先は、信心、慈悲と智慧、そして大菩提心。そしてまた歴史に戻るの繰り返し。
 
私にとっては、歴史学も環境倫理もロータリー活動も、文化センターの講師も、そして住職としての活動も、生きていること全てが真言密教。ここに足りないものはなにもない。
 
これを確認しつつ、歴史学の書き物をすると楽しくて仕方がない。私にとって歴史学もまた真言密教を広め深めるためなんだなぁと、自分を笑いつつ楽しんでいる今日このごろ。

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2019年9月 7日 (土)

他者と何が違うのか? ある田舎真言坊主の独白

他者と何が違うのか?


少し、自問した。


すると、高校時代に大きな転機があったことが分かった。

父が単身赴任海外出張していたバンコクを訪ね、貧民街を伯父と二人で歩いてから人生観が変わった。

それまでは全くの理系で、人を相手にすることが苦手だった。ところが、その貧民街を歩いて、自分の持つ視野の狭さに躓いた。心の奥底に眠っていた自分が目覚めてしまった。

そんな時、本を読む機会が増えた。和訳だがギリシア古典を読むようになり、ついには哲学書に手を出してしまう。ハイデガーだった。さっぱり分からなかったが、読破して喜びを感じる。

そこから、キェルケゴールや、ショーペンハウエルなどの実存系の哲学書にはまっていく。しかし、読めば読むほど、奥底の声が違うと叫んだ。

聖書を読み始めた。旧約から新約を読み始めふた回り読破した時、ヨブ記の特異性に惹かれていった。

そんなある日、本屋でカール・ヒルティを知る。嵌ってしまった。法律学者であり政治家であった彼の根幹は聖書であった。『キリストにならいて』を彼を通して知り、愛読書とした。今思うと恥ずかしながら、パン屋で種無しのパンを焼いてもらい、ワインを買ってきて、一人でイエスを想い、食をしたことも数度ある。

それから、本だけではなく、宗教関連施設を訪ね、僧侶や神父、牧師を訪ねていくようになった。

その途中で、京都国立博物館で初めて曼荼羅(伝真言院曼荼羅と高雄曼荼羅)を見て、時間を失った。一時間、経っていたが私には1分も感じていない状況だった。

弘法大師への思いが募り、高野山に登ってしまう。


私の基本は、この頃にあった。乱読とは言え、多くの西洋古典や西洋哲学書を読んだ。ヒルティの影響が強く、カントやギリシア古典を多読した。聖書を何度も読んだ(通読はニ回)。その時の読書が、その後の密教理解にとても役立った。むしろ、密教を理解するための訓練を、カントやギリシア古典・聖書を通しておこなっていた。これも今思えば、私という自我を形成するために必要な過程であったと思う。

咀嚼する牙は西洋哲学やギリシア古典・聖書によって磨かれていた。


ヒルティを久しぶりに手に取った。岩波の『幸福論』は五冊は買っている。それくらいボロボロになるまで読んだ。書き込みもした。彼の全集も手に入れ、『幸福論』はドイツまで行ってドイツ語まで手に入れ、気になる単語の元の単語を調べるようにもなっていた。そして、いつのまにか、密教という牙でヒルティを読むようになっていた。


このところ、お寺の住職として、流れに流されている感が少なからずあった。

久しぶりのヒルティはそれを元に戻してくれた。


あの時の、心の奥底からの情熱を改めて見つめると、恥ずかしいが、やはり相当な熱量であったと思う。方向も間違ってはいなかった。もう一度、その流れの基本を見直す機会を得たように思う。


明日から変わるわけではない。


しかし、大きな大きな流れの中で生きている自分の個性を見つめ直せたことは大きい。

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2019年5月31日 (金)

若き日の思い:世俗的な欲望に背を向け、天上の深奥の流れに乗って出家し、いまもまた歩み続けています

若き日の写真を見つけました。若き日のメモを見つけました。若き日の写念仏を見つけました。

高野山に登ると決意したとき、出家を決意したとき、高野山を降りて塾に就職したとき、その塾をやめるとき、止むに止まれぬ思いが身体を駆け巡りました(その思いは一種の狂気なのかもしれません)。

そこには世間的な出世心や金銭的な欲望や単純な知的欲求はなく、遙かなる天上から、深奥なる内なる世界から、その両者から溢れ出てくるエネルギーが私を突き動かしました。そして今もそのエネルギーに乗って生きています。

そのために、ときには世間的な常識から外れることもあります。また世俗的な楽しみが、あまり好きではありません。飲む打つ買い、他者を支配するという世俗的な欲望を理解できません(理解したくもありませんが)。

真言密教の法で祈り、その教えを受け納得し、気付き、目覚め、感じ、体得することほど面白いことは私にはありません。そしてその一端を周りに伝え、共に歩む人と手を携えて歩み、一人でもほんの少しでも共鳴していただくことが至高の喜び。今はただそのために動いています。

寺子屋も、
環境省登録環境カウンセラーも、
中日文化センターの講師も、
ロータリー活動も、
徳川宗春卿のことも、
異宗教間対話も、
すべてが私にとって真言密教という大きな道の中のこと。

こうした道は誰にでも開かれたものではありません。ですから理解してもらえないことが多くあります(残念ながら表面的なお坊さんほどわかってもらえません)。

それでも私は今の道を歩んでいきます。
共に歩もうとする人がいる限り。
私から何かを感じ取っていく人がいる限り。

来月の半ばには、得度して丸34年を迎え、35年目を歩むことになります。あのときの深き強き思いを見つめ直し、その大きな流れに改めて感謝したくなり、こうした投稿をしました。

 

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2019年5月18日 (土)

78:22, 22:78 この比の秘密 雑感

東京オリンピックでミニチュアガンダムが打ち上げられるとのこと。なかなか面白ニュース。一見無駄なようだが、こうしたことで技術が磨かれていくので、悪い話でありません。このガンダムのナンバーはRX-78。この78を見て、ふと思い出したことがあります。

22対78 (前後±1)をご存知でしょうか?

日本に周知させたのは、日本マクドナルドの創業者藤田田。そしてらこの藤田の理論を気に入り、藤田の下まで走ったのが孫正義。

ここで22と78に纏わる話をすると。

正方形を描き、その正方形に内接する円を描きます。すると、その円と正方形の間の余白と、円の面積比はおよそ21.5対78.5になります。およそ22対78です。

空気の成分は、窒素以外の気体 対 窒素 は22対78 です。

新生児の身体の水分75〜80%。ここでも 水以外 対 水分で22対78はおよそのところで成立しています。

78は12番目の三角数です。1+2+3+4+5+6+7+8+9+10+11+12=78

78も22も楔数(相異なる素数の積〈掛け算〉)でできています。
2×6×13=78 2×11=22

原子番号22はチタン 78は白金

タロットカードの総数は78

タロットカードの大アルカナは22

ヘブライ語のアルファベット数は22

ウルトラ兄弟の故郷はM78星雲

懐かしのレコードのSP盤は78回転

まぁ、偶然にしてはなんとなく傾向のある数字の様です。もちろんこの数字にとらわれると色々問題も生じます。ここが、この78とら22の面白いところ。

この適用も、まぁまぁというか、78%、敢えて八割弱くらいの気持ちで利用すると、とても良いのではないでしょうか?

一例を挙げると、「隣の三尺」。お隣同士もお互い気を遣おうという意味ですが、この22 78を利用できるのではないでしょうか。つまり、親しき仲にも礼儀あり。2割強の意識。手と手を繋ぐ程度。一方、親子や夫婦でも78程度が限度。その枠を超えず相手を尊重することができれば良い距離感になると思います。

商売でも、500円で110円のお釣りがあったり、1000円で220円のお釣りがあったり、また7800円というのは、売れ筋になりやすいそうです。

ただし、なんでもこれが適用できるかというとそれは否です。 こうしたものがあると万能だと思いやすいのですが、残念ながらそういう発想がこの22 78 が分かっていない証拠だと思います。

私個人のことで言えば、伝えたいことの核になる二割より少し多く表現して、その八割弱%を理解していただければ、時には逆に八割弱表現して二割強理解していただければ嬉しいと思いながら、講演や講義をするようにしています。

人との付き合いも、檀信徒や所属している会員とは二割強を超えないようにしています。寺子屋の生徒に対しても二割以上教えこまない、八割弱は自分で解けるように意識しています。これは自立しているからこそお互いに助け合える、二割強程度は手と手を取り合うためには、八割弱は自立していることが大切だと思っているからです。
このように自分なりに応用をしています。

繰り返しますが、なんでもこれを適用することは危険です。自分の気持ちの中で、この78 22を上手に使い、それぞれの工夫の中で利用することも可能かとおもいます。

他の数字も同じで、その数字の持つチカラに目覚めると、自分を深め広げることができるように思います。他に 21 28 3 5 7 は私がよく利用する数字です。

さて、どんな数字を利用されていますか?

 

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2018年11月 8日 (木)

奥義を得るには

誰もが奥義に達するわけではない。
またあるレベルの犠牲や努力もなしに、
奥義は得られない。
しかも奥義は言葉では伝わらない。

シンボルを体得すると、
時や場所を超えて
奥義は目の前に現れる。

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2018年11月 7日 (水)

師が弟子を選ぶのではなく弟子が師を選ぶ

最近の密教に危機を感じています。それは、伝えられる者があるレベルの犠牲や努力を払って求めるものであり、伝える者が公募して教えるものではないからです。

「師匠が白いものを黒いと言ったら弟子はそれを受け入れなくてはならない。しかし、白いものを黒という師匠は問題。白いものを白いと言える師匠を選ぶべき。師匠が弟子を選ぶのではなく、弟子が師匠を選ぶもの。」
これは我が師が、密教の師弟関係を述べたものです。本当にこれは大切なことです。

ところが最近の傾向として、この人に学びたいということで、入門したり伝授を受けたり、受講することが少なくなってきました。資格要件があるとは言え公募された学院や伝授会・講義伝で学ぶことが殆ど。こうした公募されたものの中では、一人一人の機根(能力や縁)に合わせて、師匠は特殊な言葉を使うことができません。あくまでも汎論的な表現にとどまり、一人一人の奥深くに届く象徴を用いにくいのが現状ではないでしょうか?

多人数で学ぶのではなく、少人数で学ぶ。こうした機会が減っていることが、真言宗や天台宗の弱体化に繋がっているように感じます。
真言や天台の教えが弱まっているのではなく、それを受け継ぐ者の意志が弱いというのが根っこのように思います。

仰ぎ願わくば、各寺院のご住職方がもっと門戸を開いて少人数の教えを伝えていける体制が欲しいところです。
さらに受け継ぐ者は犠牲を払ってでも受け継ぎたいという思いを強くて持つことが肝要です。

師弟教育を考えた時、こうした根本を見忘れたくないものです。

繰り返します。密教の教えが弱くなったのではありません。それを受け継ぐ者の意志、ここに問題があります。

我が師は、今でも月に一回、ご自宅で少人数の輪読会を開いてくださっています。これに参加するには、時間をかなり割かなければなりません。時間的にも経済的にも労力的にも大きな犠牲を払い、我が師匠に学びたいと強い意志を持ってこうした会に積極的に参加しているメンバーには深く敬意を覚えますし、それぞれがしっかりと尊敬すべき活動をしているのも事実です。そして何よりも、一人一人の参加者を深い懐で見守ってくださり、受け入れてくださる師匠には、心の底より感謝しています。

こうした場が、世界のあちこちで営まれること、祈るばかりです。

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2018年9月20日 (木)

定期的な祈りは何故必要?

高家寺では毎月21日の月例弘法大師報恩日としてお祈りをしています。

毎月、何故に定期的にお祈りをするのでしょうか?

私たちは現実世界の中で生活しているからです。現実世界では、煩悩の泥の中で生きて行かねばなりません。
その泥に汚染されずいるためには、定期的な浄化が必要です。部屋を使えば必ず部屋は汚れるので、掃除が必要であるのと同じです。

お坊さんは毎日の祈りで、浄化しています。ただなかなかそれは檀信徒には難しいもの。

だからこそ、檀信徒の方々には、せめて月に一度は、祈りで浄化してもらうことが最大の狙いです。

また、皆で祈ることで自分一人ぼっちではないということを感じてもらいながら、浄化をしてもらいたい、というのが高家寺の月例弘法大師報恩日の狙いの一つです。

その浄化とともに、ご縁のある方々の菩提を祈ることができますので、これもまた狙いの一つです。

高家寺に限ることではありません。ご縁のある寺社に定期的に訪れて、普段の生活の煩悩というドロを浄化されてはいかがでしょうか。

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2017年8月18日 (金)

縁は目に見えない 目に見えない縁が目に見える現象となる ご縁に感謝の祈りを捧げ続けていきたい

一人一人が祈る姿は美しい。
祖先を中心としたあらゆるご縁のある方々やあらゆるご縁のある物事・出来事への祈り。
縁は目に見えない。しかし縁は無いわけではない。目に見えない縁が、目に見える形に顕れたのがこの現象世界。
だからこそ、目に見える儀式で、目に見えない縁に祈りを捧げることも大切。その祈り縁に作用し、一人一人にまた影響を及ぼす。
縁を知るものと知らぬものとの差は少なく無い。

周りを見ると、祈りを忘れた人々が増えた一方、祈りを大切にする人々も増えているようにも思う。この両極化が何を意味するのかは分からない。

できれば一人一人が、見えない縁に感謝の祈りを捧げ、目に見える現象世界がより気持ちの良い世界であって欲しい。
そのための祈りと活動と発信を続けて行きたい。
(^ ^)

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2017年7月14日 (金)

今日(7月14日)は何の日? 宇井伯壽師の忌日 「三河武士の如き仏教学の泰斗」

今日(7月14日)は何の日?
宇井伯壽師の忌日
「三河武士の如き仏教学の泰斗」

1963年(昭和38年)7月14日、日本の仏教学の泰斗、宇井伯壽博士が逝去した。享年満81歳。宇井博士は愛知県宝飯郡御津町(現在の豊川市)で1882年(明治15年)6月1日に生まれる。茂七という名であった。道号は活翁。

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十代前半で、現在の豊川市伊奈町にある東漸寺で出家し伯壽となる。曹洞宗の僧侶となった。優秀で住職より「「たとえわしの袈裟を質に入れても、お前は大学まで出してやる」と言われたという。現在の愛知中学・東洋大学京北高校を経て、東京帝国大学印度哲学科に入学。曹洞宗東慈寺(岩手県)の住職でもある木村泰賢東京帝国大学教授は同期であり、彼とともに高楠順次郎に師事する。高楠をして「これこそ本当のアルバイト(学術論文という意味)だ」と言わしめたが、木村が主席で宇井は次席であった。ドイツのチュービンゲン大学(ガルベ教授に師事)・イギリスのオックスフォード大学・ケンブリッジ大学などに留学。東京帝国大学から博士号を得、東京帝国大学や東北帝国大学で教鞭をとり後進を育成。
また僧侶としては出家した東漸寺の住職になる。ただし寺からの収入は全て弟子の育成に用いたという。

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駒澤大学学長にもなり、帝国学士院会員となり、文化勲章も受賞している。東京大学インド哲学の基礎を作った人物でもある。戦前・戦後に渡る日本を代表する仏教学者であり、中村元も彼の弟子。

『印度哲学史』『禅宗史研究』『仏教思想研究』『仏教思想の基礎』『仏教哲学の根本問題』『摂大乗論の研究』『仏教汎論,上下』『唯識二十論研究』『釈道安研究』『陳那著作の研究』など。

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伝統的な仏教学に対してヨーロッパの文献学を導入。サンスクリット・パーリ・漢訳の各経典論疏に対する多大な知識を用いて仏教思想とインド思想を研究した。また原始仏教の縁起説を論理学的解釈することを唱えるなど、多大の業績を残す。現代の仏教学の基礎を作り上げたひとりでもある。

三島由紀夫が『豊饒の海』を書くために宇井の『摂大乗論』などを読み込み、阿頼耶識を理解しようとしたのは知る人ぞ知る話。

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不思議なことに宇井の結婚の記録は全く残っていないらしく、結婚したのはおそらく留学から帰国の一年後くらいのことではないかと推測されている。年齢は15歳違っていた。

伯寿は、死ぬまで三河弁丸出しだったという。若いうちから禿頭であり、三河の田舎者そのもの。学風も質実剛健の三河者らしく、厳密な考証で一言一句も疎かにしない研究態度であったという。仏教学に一生を捧げた三河者。彼もまた三河武士のような人であったのかもしれない。

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