2019年5月18日 (土)

78:22, 22:78 この比の秘密 雑感

東京オリンピックでミニチュアガンダムが打ち上げられるとのこと。なかなか面白ニュース。一見無駄なようだが、こうしたことで技術が磨かれていくので、悪い話でありません。このガンダムのナンバーはRX-78。この78を見て、ふと思い出したことがあります。

22対78 (前後±1)をご存知でしょうか?

日本に周知させたのは、日本マクドナルドの創業者藤田田。そしてらこの藤田の理論を気に入り、藤田の下まで走ったのが孫正義。

ここで22と78に纏わる話をすると。

正方形を描き、その正方形に内接する円を描きます。すると、その円と正方形の間の余白と、円の面積比はおよそ21.5対78.5になります。およそ22対78です。

空気の成分は、窒素以外の気体 対 窒素 は22対78 です。

新生児の身体の水分75〜80%。ここでも 水以外 対 水分で22対78はおよそのところで成立しています。

78は12番目の三角数です。1+2+3+4+5+6+7+8+9+10+11+12=78

78も22も楔数(相異なる素数の積〈掛け算〉)でできています。
2×6×13=78 2×11=22

原子番号22はチタン 78は白金

タロットカードの総数は78

タロットカードの大アルカナは22

ヘブライ語のアルファベット数は22

ウルトラ兄弟の故郷はM78星雲

懐かしのレコードのSP盤は78回転

まぁ、偶然にしてはなんとなく傾向のある数字の様です。もちろんこの数字にとらわれると色々問題も生じます。ここが、この78とら22の面白いところ。

この適用も、まぁまぁというか、78%、敢えて八割弱くらいの気持ちで利用すると、とても良いのではないでしょうか?

一例を挙げると、「隣の三尺」。お隣同士もお互い気を遣おうという意味ですが、この22 78を利用できるのではないでしょうか。つまり、親しき仲にも礼儀あり。2割強の意識。手と手を繋ぐ程度。一方、親子や夫婦でも78程度が限度。その枠を超えず相手を尊重することができれば良い距離感になると思います。

商売でも、500円で110円のお釣りがあったり、1000円で220円のお釣りがあったり、また7800円というのは、売れ筋になりやすいそうです。

ただし、なんでもこれが適用できるかというとそれは否です。 こうしたものがあると万能だと思いやすいのですが、残念ながらそういう発想がこの22 78 が分かっていない証拠だと思います。

私個人のことで言えば、伝えたいことの核になる二割より少し多く表現して、その八割弱%を理解していただければ、時には逆に八割弱表現して二割強理解していただければ嬉しいと思いながら、講演や講義をするようにしています。

人との付き合いも、檀信徒や所属している会員とは二割強を超えないようにしています。寺子屋の生徒に対しても二割以上教えこまない、八割弱は自分で解けるように意識しています。これは自立しているからこそお互いに助け合える、二割強程度は手と手を取り合うためには、八割弱は自立していることが大切だと思っているからです。
このように自分なりに応用をしています。

繰り返しますが、なんでもこれを適用することは危険です。自分の気持ちの中で、この78 22を上手に使い、それぞれの工夫の中で利用することも可能かとおもいます。

他の数字も同じで、その数字の持つチカラに目覚めると、自分を深め広げることができるように思います。他に 21 28 3 5 7 は私がよく利用する数字です。

さて、どんな数字を利用されていますか?

 

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2019年1月25日 (金)

東洋大の看板撤去に関して

東洋大の学生が、竹中平蔵氏の授業を辞めるようにと「竹中平蔵による授業反対」の看板を立てた。それを大学側が撤去し、職員が学生に警告し、それを脅しと捕らえたという。
たとえ自分が気に入らない相手であろうと、公の場で大学の教師を批判する際に、呼び捨ては如何であろうか?品がないのではないか?
また授業が反対であるのならば、もっと別の方法での反駁も可能。
学長先生はとても真摯な方。それなりの態度で筋を通せば、成否は別として話を聞いてくれたはず。
大学職員の対応を批判するのは、この学生の行為の不当性から目を逸らすためのものなのではないだろうか?
あくまでも大学職員の言動を、大学其の者の発言のように報道することに悪意を感じてしまうのは私だけだろうか?

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2018年3月 8日 (木)

知ると知らざると・・・「富貴について」

28783677_10213417394581012_22128992 あるお茶人との対話で思うことあり。「富貴」という言葉

、単発で見ると、お金が多いとか貴族であるとか、そんな

下世話な意味に取れる。しかし、『論語』を知る者には、

「死生有命・富貴在天」という言葉が浮かび、下世話な話

とは全く異なる次元の意味が汲み取れる。

知ると知らざると、どちらが大きな間違いがあるのか?

私たちは知らないことが多すぎる。一生かけて学び続けて

いくからこそ、それまで見えない世界が見えて来るように

思う。

ちなみに写真の大日如来。気づく者、知る者には足元にあ

る仏像にも注意がいく。金胎両部。これも知る者のみ解る

こと(^。^)

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2014年9月21日 (日)

発想の転換 地方であることのデメリットをなくすには・・・ある国家資格を持っている方のお話

ある国家資格をお持ちの方とお話をしました。
その方は、東京でその資格を活かし、
専門性の高い仕事をされていたそうです。
ところが、家庭の事情で
どうしても岐阜に戻らねばなりませんでした。
岐阜の仕事を東京ですることはあっても、
東京の仕事を岐阜が受注することはまずありません。
これを開拓するには、あまりにも大きな労力が必用。
しかも岐阜では専門を活かした仕事もできません。
そこでその方は大きな決断をされました。
海外の仕事を受注しようと。
色々なルートを用いて
海外の顧客を積極的に広げていった結果、
日本での仕事も格段に増えたそうです。
しかも海外で名前が知れたおかげで
日本でもとても高い信用が得られたとのこと。
海外の人にとって、日本のどこでもよく
東京でないといけないということはない
その発想が大いに成功をもたらしてくれたそうです。
国際民間交流も今も数多くされています。
そのうえ、仕事も一人ではなく
同じ資格を有する方を五人
雇うことができる規模となったために、
それぞれの専門性を活かした
きめ細かい仕事へと移ってきたそうです。
とても興味深い考え方でした。
もっともっとこの方から学びたい、そう感じます。
同じグループに入っているのですが、
偶然にも義叔父と深い知己であることも分かり、
可愛がって頂いています。
人のつながりに感謝。そ
してこの考え方をしれたことにも大いに感謝しています。

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2014年7月17日 (木)

遊歩和尚のつぶやき「桂文珍さんの歴史人物評は、とても学ぶところが多く、面白い ただし二十年前のもの」

二十年ほど前に桂文珍さんが『日本歴史人物講座 フムフムなるほど人間がわかる』(PHP)を書かれていました。たまたまそれを手に入れ、読んでみました。紋切り型の内容も少なくありませんが、一人ひとりの人物を、短い言葉で表現するその能力には頭が下がります。私自身も歴史物を扱うことが少なくないので、文珍さんの表現の仕方を学ばねばならないと感じます。

具体例をしめすと

織田信長は「運のええ人やった」・・・本能寺の変で急死した彼をこう述べるのも、おもしろい視点です。

武田信玄は「優しすぎると、部下と女性にはモテるが、創業者にはなれない」。豪傑のイメージが強い信玄を心優しき人であったとするのは、大河ドラマの中井貴一さんのイメージが手助けしたのか、これも面白い視点です。

そのほか、平清盛、北条政子、坂本龍馬、お市の方、豊臣秀吉、北政所、徳川家康。淀君、源義経、伊達政宗、春日局、前田利家、平賀源内、勝海舟、西郷隆盛、吉田松陰、高杉晋作、足利尊氏、楠木正成、聖徳太子、菅原道真、斎藤道三、北条早雲、毛利元就、明智光秀、千利休、石田三成、加藤清正、真田幸村、竹中半兵衛、大石内蔵助 を扱っています。
一読をお勧め。

Kindle版は以下から入手可能。

http://www.amazon.co.jp/gp/product/B00799P5N2?adid=01JVH9NEHFF32NMR3A5F&camp=243&creative=1615&creativeASIN=B00799P5N2&linkCode=as1&tag=prpmenade-22

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2014年7月16日 (水)

遊歩和尚のつぶやき「組織の目的って何?300年ほど前に徳川宗春公が藩士たちに警告していたこと」

遊歩和尚のつぶやき「組織の目的って何?300年ほど前に徳川宗春公が藩士たちに警告していたこと」

今日の午前中はある組織への加入のお誘いを受けました。午後には既に属している組織からの通達事項がありました。一日を振り返り、ふと感じたことがああります。

主婦というオリジナルカテゴリーを持つ女性はそうでもないのですが、男性の多くは組織に属することを望むことが多いようです。

政治でも国や党や派閥に属し、宗教でも宗団に属し、会社や公共団体という組織、組合という組織、町内会という組織。とにかく色々と考え組織を作っています。

それは独りではできないことを組織的にすることに便利ならしめるためであり、より効率的に、互いに助けあうためのものであるはずです。ですから組織は、時には大いなる力を発揮します。

しかし、この組織も硬直化するとどうなるかというと、個人を縛り上げ、本来の目的とは全く関係のない組織の維持という別の論理が飛び出してきます。そうなると本来の組織を作った目的は後退し、逆に個人を苦しめたり、他を支配するために便利なものへと変貌していってしまいます。権力闘争が生まれ、組織としての最初の目的は失われてしまいます。

しかしその組織を本来の姿に戻そうには、力も知恵も、相当なものが必要です。独りや少人数では到底できることではありません。改革をするためにと、最初のうちは良き思いで進んでいくのですが、権力を得るたびにその思いは現実に押しつぶされていき、いつのまにか自分は自分が批判してきた人々よりもより一層硬直化した考えになってしまうもの。

それを尾張七代藩主徳川宗春公は『温知政要』というマニフェストで
「世間の様子をよくよく考えてみると、どんなことでも用いられるべき人がまだ志を得ずに役職にも就かない初めの頃は”私が事を執り行なう役職に就いたのならば、上のためにも下のためにも全てのことで滞る事なくうまく仕 事をしてみせるのに”と、心に思い口にも言って、もどかしいように言うのだが、その職に就くやいなや今までの心とは大きく異なり始め、自分が笑い謗ってきた人たちと少しも変わらなくなってしまい、かえって今までの同輩の人たちを引きずり落とすようなことばかり考えるようになることが必ずと言って良いほど起こってくる。皆が皆、私欲の卑しい心から考え方が変わってしまうからである。それと同じように既に上に立っている者も、最初は物珍しいこともあって世間から”賢い方”と言われたいので随分と慎み深く行ってはいるが、後には徐々に退屈な心が持ち上がって政務も都合次第で動くようになり、理由もなくだらしなくなる。秦の始皇帝は 天下を統一できたくらい人に畏敬されるような人であったが、おごりたかぶり勝手な振る舞いをするようになり、最後にはとても愚かにも長生不死の薬を求めるようになり、ほんの僅かな年数で滅んでしまった。その他にも漢の武帝や唐の玄宗なども始めのふるまいと後のふるまいとでは大きく違うようになってしまった。だからこそ最初の考えや工夫も志が半ばにもならないうちに必ずくじけるように見える。慎み畏れ心せねばならないことだ。だからこそ古き偉人は”始めは必ずあるが、よく終わることは少ない”と戒められたのだ。」(現代語意訳)
と述べています。
尾張藩62万石、実質上は100万国を超える組織に属しているからこそ感じるものなのでしょう。また600万石の幕府の組織の硬直化を間近に見ていたからでもありましょう。

自分自身が、批判される立場にならぬよう、今後も自戒していきたいと強く感じさせられました。

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遊歩和尚のつぶやき「言葉で伝わりにくいものはイメージを用いて イメージと言葉の両者が重要」

昨夜は、近所の方々が10名ほど集まり、『密教』松長有慶著 岩波新書 の講義。月に一回、行っているもので、今回からパワーポイントを使ってみました。

6 まず本そのものを輪読し、途中でそれを私が止めてパワーポイントを使って解説していくという形式。初めての試みだったのですが、とても評判がよく、「本を読んでもわからなかったことが、今はとてもよくわかる」と。皆さんからの好評に努力が報われた思いをしました。

このイメージに訴えかける方法は、実はとても危険があります。本来、人が持つイメージ力を阻害してしまう可能性もあるからです。また、間違ったイメージを与えかねません。ですから、スライドを作る際に、かなり注意深く内容を吟味していきました。イメージで伝わりにくい部分は、言葉で解説。言葉とイメージの両輪で理解していただくように工夫をこらしました。また、映像だけでなくイメージも持っていただけるように工夫もしました。面白いことに、今まで勘違いしていたり、思い込んでいたりしたことが、イメージを用いて解説したことで、気付かされたという意見も出ました。

喩えを出すと、象を見たことがない人に、「鼻が長い」「牙がある」「耳がでかい」「目が小さい」「足が太い」「肌がグレイ」「細いしっぽ」と言葉で伝えるよりも、象の写真・映像・本物を見せたほうが的確に、しかも素早く伝わります。そのうえで、象の身体的特徴を伝えるとよりはっきり理解できるもの。

密教では仏像や仏画、宝具や声明(しょうみょう)などの五感を通して、大乗仏教の哲理を表現していくのは、言葉では伝わりにくいものを直接的に伝えるためです。

同じように、イメージと言葉を上手に組み合わせていくことで、難しい表現も伝わりやすいものであることを改めて気づかせていただきました。

なによりも、スライド作りは自分自身の勉強にもなります。

プロになろうとしているものに、この方法はあまり関心はできませんが、一般の方々の入門としてはとても重要なツール。これからしばらくこのプロジェクターを使った講義・講演・法話を、自分なりに工夫していこうと思います。

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2014年7月12日 (土)

遊歩和尚のつぶやき「このスーパームーンを機会に月と太陽の役割を考えてみませんか?」 

月が地球に近づいた時と満月が重なるスーパームーン。それが本日の7月12日の夜だといいます。今も美しい月が天頂より西方向にに輝いています。今年は8月10日、9月9日も、スーパームーンだそうです。

http://www.cnn.co.jp/fringe/35050739.html?tag=top;mainStory

カレンダーを見つめると、漢字では月・日を英語ではmonth ・dayとします。太陽は一日を表す基準であり、月は一ヶ月を表す基準。これが洋の東西を問わず、人が発見した事実でした。ここから暦が作られ、時間が規定されました。これは人間が大自然に合わせて生きていこうという知恵の結晶だったように思います。

ところが、現代では月month・日dayの原義を忘れて暦の言葉を用いるようになり、月とは全く関係のない、人間だけの理屈で作られた暦が大勢を占めてしまいました。人は月や太陽の役割を忘れてしまったのかもしれません。

暦だけでなく、科学技術と呼ばれるものも、大自然にそって使われるものではなく、人間の倫理観さえも超えて発達という名のもとで歪な形を呈してきました。そのために人間の理屈に大自然を合わせようとする身勝手な考えが跋扈するようになります。人はいつの間にか大自然に合わせて生きていくという知恵を失ってしまったのかもしれません。これが現代の地球環境問題の根っこにあるように思います。いや、政治の世界も、学問の世界も、人々の普段の生活でも、同じことが言えるように思います。

だから、桃の芽も吹かない季節に桃花祭をおこない、梅雨のまっただ中に七夕をしてもおかしいとは思わないのでしょう。あきらかに、大切なモノを失ってしまっている、そう感じているのは私だけでしょうか?

ちなみに密教では、太陽の光を慈悲とし、月の光を智慧とします。太陽は差別せず万物に光を与え育むので慈悲の象徴。

一方、月は暗闇(煩悩)を裂くように照らすので煩悩を切り裂く智慧の象徴。また月は菩提心(覚りの心)の象徴でもあり、福徳と智慧の二資糧を満足した心を満月で表します。

現実世界の月を忘れることは、智慧を忘れること、太陽を忘れることは慈悲を忘れることなのかもしれません。

あるユダヤ教の学者さんがFBで仰っていただいたことがあります。
「人間の理性は月の光でものを見てると同じ、しかし、神の前でものの真実をみることは、太陽のもとで見ると同じ。眩しくて目を開けてられない。戦争も平和も同じ。人の中にある矛盾の解決を理性でつけるのは月の下での観察。でも真実は太陽のもとにある。」。
深い深い言葉です。

このスーパームーンを機会に月と太陽のの役割を考えてみませんか?

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2014年2月21日 (金)

拙著『徳川宗春 <江戸>を超えた先見力』(風媒社)出版祝賀会・・・報告(1)式次第

平成26年2月15日、ウェスティンナゴヤキャッスルで拙著『徳川宗春 <江戸>を超えた先見力』(風媒社)出版祝賀会が開かれた。

式次第は以下のとおり。
(1)著者入場
(2)著者講演
(3)総本山金剛峯寺座主松長有慶高野山真言宗管長猊下祝辞
(4)徳川黎明会会長尾張徳川第二十二代当主徳川義崇様祝辞
(5)南山大学教授安田文吉先生乾杯
(6)歓談食事
(7)元内閣府特命担当大臣古川元久代議士祝辞&『温知政要』贈呈
(8)尾張徳川家総菩提寺建中寺村上真瑞御住職祝辞
(9)尾張藩附家老家成瀬隼人正家のご分家成瀬朝香さんの巫女舞
(10)祝電披露
(11)古着物披露
(12)柴田圭一郎さんの大道芸傘回し
(13)河村たかし名古屋市長様への請願書&祝辞
(14)大村秀章愛知県知事様へ書籍贈呈式&祝辞
(15)祝賀会事務局代表し北川リツ挨拶
(16)退場
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次回は(2)著者講演

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2012年8月20日 (月)

順天堂大学

昨日、順天堂大学医学部出身の
研修医さんとお話をする機会を得ました。
順天堂大学の特徴とは何かをお尋ねしたら
・六年のうちの一年は寮生活を送ること
・医史学の学習
を挙げられました。

病院関係は縦社会が厳しいところ。
だからこそ医師だけではなく他の分野の方との
ヨコ社会の集団生活を体験させるのは
とても面白い発想だと思いました。
比較的自由度は高いそうですが
月毎にリーダーを決めていくやり方は面白いと思います。
これ、宗門系の大学でも検討すべきものかもしれません。

それと何より伝統のある大学だからこそでしょうが
医史学をとても大切にしている点は
医療哲学の習得の基礎となりえますし
人文教育をも習得できますので
とても重要なものだと感じます。

そして何よりなのは、
自分の大学の特徴をサッとおっしゃっていただけたこと。
母校愛というか、自分自身を冷静に見つめているというのか。
特徴とは何かを掴んで居られ、
とても嬉しい気持ちに満たされました。

http://www.juntendo.ac.jp/

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