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2016年3月10日 (木)

光が欲しければ 目先のことよりも根本を

「目先ではなく根本を」

西郷隆盛は
太鼓のような人であったという

軽く叩けば軽く響き
大きく叩けば大きく響く
そんな人であったらしい
愚人が近寄れば愚人に見え
賢人が寄れば深き賢人であったという

常にそうありたい
私が願うところ
もちろん西郷さんのようには行かないが(^^
こういう生き方をしていると
誤解されることも多々あるが・・・

何を言わんとしているのかを
深く理解して下さる人には
奥深く響くように心がけている
後日になってから
「あのときの言葉とは
 こういう意味だったのですね」
と後日にお応えいただける方も少なくない
そのたびに、「良かったぁ」と嬉しくなる

ハウツーとか簡単にとか安易なものとか
そうしたものを求める方には
厳しいかもしれない。

今すぐに分かっていただくことより
自分で目を開けていただいた後に
理解していただくことを
大切にしていただいているから。
目先よりも根本という視点。
これは人生を深めてくれる。

目先のものよりも
根本的なところまで考える

師匠から徹底して教えられたこと。

そして信じる宗教は異るが
D大学のO教授やT元教授の言葉や生き様から
学んだ大切なモノ。
お二人はどういわれようと
お二人は我が心の師。

目先のものよりも
根本的なところまで考える

光がほしい時こそ
大切な言葉

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