梅雨時に七夕をしても意味が無い 七夕は月遅れか旧暦でないと・・・ 明日は二十四節気の小暑の始まり 形式主義に堕したくないものです
明日は七夕ではありません。
祇園祭や天王祭の前に七夕をしてどうするのでしょうか?
七夕はタナツモノの織姫と、ハタツモノの牽牛が逢瀬を楽しむ日。こんな梅雨のまっただ中の物忌月に二人は出会ったりしていないのです。旧暦の七月七日、いわゆる夏もピークが過ぎた頃に、夕方には半月が天頂に登り、その月の明かりで天の川が消え、夜中には西の空に舟の月も消え、二人が逢瀬を楽しみます。また日本では旧暦の盂蘭盆会の始まり。精霊棚に旗を立てるもの。では明日は、どうでもよい日なのかというとそうでもありません。
新暦の7月7日は、小暑の始まりの日。梅雨がまもなくあけ、大暑であるもっとも暑い夏の日を控える時節にあたります。
カレンダーの数字にとらわれて原義を失って形式に堕するのではなく、お盆のように月遅れあたりで季節の行事をおこないたいものです。
こうした声が少数派になっていることじたい、今の日本が形式主義に陥っている証拠なのではないかと感じます。形式に流れるから季節の行事も地方地方のお祭りも廃れていくのでしょう。
形式は、物事をスムースにおこない、物事を継承していくためには大切なもの。しかし、形式は本来伝えなければならないものがあってこそあるもの。それを忘れての形式崇拝は、仏作って魂れず・・・いわゆる中身の無い虚ろなもののような気がしてなりません。
私一人が騒いでもこの世界がなんともならないことは分かっています。しかし今の時代は無理であっても、後世の人達のために、正しきあり方を残し伝えていきたいと思っています。
| 固定リンク
コメント