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2015年4月 4日 (土)

不動尊に今更ながらに気づいたこと

おはようございます。今朝の祈り、第一座終了。今更ながらに気づいたことがあります。不動尊のお姿。

右の見開いた眼に月で智慧。右牙は上求菩提。右手に智剣。右の全てが般若波羅蜜多すなわち智=菩提を意味するものばかり。

左の眼は軽く閉じ太陽で慈悲。左に垂らす弁髪も慈悲。左牙は下を向く下化衆生。左手の羂索は恐る衆生を繋ぎ留める慈悲。左の全てが慈悲。

そして、今朝になりようやく気づいたこと。立像の場合、右足が後ろで軸となり、左足が前に出る。つまり、覚りの智慧を軸にしつつ、慈悲の行動を取り続ける意があるのではないかと今更ながらに気づいたのです。鈍感で歩みの遅い私ですが、気づけただけ幸せかも(^^)

お不動さまへの祈りは得意だったはずなのに、この二月、どうもしっくりこなかったのですが、今朝は久しぶりに気持ちよく祈ることができました。まだまだ足りないことばかりですが、だからこそ気づきも出てくるようです。満足しないことが良き意味での連続性を生み、継続させてくれることも感じさせられました。

今朝の祈りには特別に感謝。

動尊の種子を見つめると面白いですよ。ハームのhaは、hetuの因業不可得なのですが、本来は地水火風空の風にあたり動転の意義があります。長母音ーは寂静不可得、mの音は吾我不可得であり、不可得そのものつまり空性を表すもの。不動尊のハームの種子は動転を空じたものであり、まさにアチャラナータ、不動を意味しています。不動尊の不とは単純な否定ではなく般若の八不であり空性を意味するもの。だからこそ不動尊はもっとも中心軸がぶれずに磐石であるのですが、一方ではもっとも自在に動く尊でもあるのでしょう。mにはマヘーシュヴァーラつまり大自在の意味もあり、自在に動くという意味もあります。よく動くと決して動かない、このあい反した内容が一つにあるのは面白いですね。

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