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2015年1月23日 (金)

正義と悪との逆転 「夜のヤッターマン」を観て、日本仏教を思う

正義と悪との逆転 

「夜ノヤッターマン」というアニメが始まった。ニコニコチャンネルでは以下のアドレス

http://ch.nicovideo.jp/yatterman

オリジナルのヤッターマンの子孫とオリジナルのドロンボー一味の子孫。

オリジナルのヤッターマンはヤッターキングダムという理想郷を作る。ヤッターマンの子孫は繁栄を遂げるが月日が流れ、世代が何代も変わっていくと恐怖政治をおこなうようになっていった。

オリジナルのドロンボー一味の子孫はヤッターキングダムには入れず、辺境の地で貧しく慎ましやかに生きていた。
ドロンボー一味のの子孫たちは、母を助けるべく、正義の味方ヤッターマンにすがるために理想郷のヤッターキングダムに乗り込むが門前払いを受けてしまい、母は病のために死んでしまう。

そこで正義から恐怖へと変貌したヤッターマンを打ち倒すために、ドロンボー一味の子孫たちはドロンボー一味として新たに出発するという物語。

正義も時を経ると変貌してしまう。形だけに固執すると、オリジナルの求めたものとは全く異なってしまう。

大乗仏教は、釈尊の言葉に固執するグループに別れを告げて、釈尊の求めたものが何かを求めて生まれた。

その大乗も理屈が優先してしまったために、実践の中で大乗の理念を身体や言葉や心に染み込ませる教えである密教が生まれた。

日本でも各宗派の宗祖方は、その時代に必要なものを追い求めて、新たに立宗された。しかし、時を経るとその形と権威だけに固執する人達が増えてしまった。

日本の仏教だけではない。ありとあらゆるところで、時には正義が悪になり悪が正義になり、偏狭が寛容になり寛容が偏狭になり、オリジナルの追い求めたものとは全く異なるものへと変貌してしまうことがある。

時は移ろい、絶対というものはない。大乗仏教は法でさえ空であると観た。法でさえ相対化した。この精神は本当に大切なものではないだろうか。

ヤッターマンという勧善懲悪ものを相対化したこの作品の意義は面白い。

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