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2014年12月25日 (木)

僧侶はもっと胸を張って葬儀を語るべき 神社との違いを見つめて

日本の神々は現世の存在であるので死を厭います。ですから喪中は神社への参拝を控えるようにいわれます。ただし、抜け道というものはあるもので、鳥居をくぐらなければ神社へのお参りはOK。むしろ身近な者の死の場合は、三十三年経つと先祖霊として神々と合一していくものなので、氏神様への祈りはとても大切。

時折、神仏は仲が悪いとかいう不埒な人たちが居ますが、神仏分離は明治維新に政治的に引き起こされたもの。そうして勝手な考えの暴走は止めたいものです。

一方、仏は生死を超えた三世(過去・現在・未来)に渡り、浄土を有しますので、死を厭うことはありません。もちろん仏教はあの世だけが大切なのではなく、現世も大切にします。あの世重視はむしろ仏教では珍しいといったほうが良いでしょう。むしろ、あの世(彼岸・真理)の中に此の世(俗世)が包み込まれており、あの世から見れば俗世との境界はなく、此の世から見れば人の言葉によって生まれた境界があると見る方が良いかもしれません。だからこそ現世でしっかりと生きることを重視するのでしょう。

そう考えると、仏教が葬儀を司るのも、此の世の言葉で縛られた俗世からの解放という意味が大切に思えます。先師方が仏教とは直接関係ない葬儀を取り込んだのは、とても意義深く思えます。現世のみではないので仏教には死の穢れはありえませんし、現世での言葉という枠組みの解放を伝えるのも仏教ですから、故人や参列者にそれを伝えるのも僧侶の大きな役目。

この文章を書いていて、仏教者は葬儀を司ることをもっともっと胸を張って良いと感じました。

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