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2014年11月17日 (月)

剣道に誘われ、お断りした。その時に思い出したことがある。新藤五國光。妄想が妄想ではなかった。

「妄想が、単なる妄想ではなかったと知る」

昨夜の夕食で、あるお医者さまより剣道を誘われた。これで何度目だろう・・・。ふと思い出したことがあった。

高校一年の時、体育の授業で剣道があった。自分で竹刀を購入。他者との取り違いをなくすために、竹刀に自分の名前ではなく新藤五國光と名前を削った。刀剣には前から興味があり、いろいろ見てきたが、その中で最も気にっていた作者の名前である。剣道の授業では負け知らずであった。剣道部にも負けなかった。竹刀や木刀を握ると、自分でも怖がるくらいに自分のも相手のも、その太刀筋が見えた。本当に怖かった。私は授業以外で木刀や竹刀を握ることをやめた。

あのまま続けていれば、多少は剣術家になれたかもしれないし、全く才能がなかったかもしれない。ただ少なくとも、のめり込んでいたのは間違いないと思う。僧侶になった今、剣道をしなくてよかったと改めて感じている。ただ剣道の理論は、五輪書・新陰流の伝書などで少しずつは学んでいた。これらには密教の知識が不可欠であり、むしろ剣術の理論書をとおして密教のあり方を見直すことができたからである。

二年前にびっくりしたことがあった。徳川宗春の愛刀である脇差しが新藤五國光であったことを知ったからだ。しかも徳川美術館で飾られていたその一刀は遠くからでも私を惹きつけていた。新藤五國光で驚き、宗春愛刀で更に驚いた。正直、凍りつくような怖さを感じた。高校生の時に馬鹿げたことに國光の名を竹刀に彫ったのも、実は縁がなかったわけではないし単純な妄想の産物であったわけでもなかった。

また剣術が多少できるとのではないかと思ったのも単純な勘違いで、おそらくは國光を通して、何かとつながっていたからではないかと今は思う。

剣道の理論は大好きだが、実戦は私にはむかない。

単純な妄想も実は妄想ではなく縁のなせるものであったことに、この世の不思議を思わざるをえない。

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