準備もまた本番の一部 護摩の準備にての雑感
28日の月例不動護摩の段木や支木をようやく切り終えた。
今から護摩堂に行って掃除をし直し、準備をしようと思う。
護摩の準備をしていると、
お護摩そのものと同じくらい、
その準備が大切であることを実感する。
段木を切る瞬間も真言を唱え、
墨で一本一本塗っている時も真言を唱え、
壇を清めながら真言を唱え、
さまざまな供物を揃えていく瞬間も真言を唱える
信者さんの座の位置を考え決め
準備の一瞬一瞬が実は護摩供養そのものであると感じる。
護摩だけではない。
あらゆる準備もまた本番なのだと
この歳になってようやく実感する。
普段は準備不足が目立つ自分を反省しつつ
何事も自ら準備をさせていただけることへ
ようやく感謝できるようになった。
ありがたいばかり。
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