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2014年2月24日 (月)

拙著『徳川宗春 <江戸>を超えた先見力』(風媒社)出版祝賀会・・・報告(2)江戸時代の色を座席の名前とする

平成26年2月15日、ウェスティンナゴヤキャッスルで
拙著『徳川宗春 <江戸>を超えた先見力』(風媒社)出版祝賀会。
各テーブルは江戸時代の色を使いました。
緋色(ひいろ)
江戸(えど)紫(むらさき)
猩々(しょうじょう)緋(ひ)
浅葱(あさぎ)色(いろ)
鬱(うっ)金色(こんじき)
憲法(げんぼう)色(じき)
路考(ろこう)茶(ちゃ)
藤色(ふじいろ)
常磐(ときわ)色(いろ)
銀(ぎん)鼠(ねず)
鴇(とき)色(いろ)
納戸(なんど)色(いろ)
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江戸時代の色を要望したところ
これらの提案してくださったのは宮本真由美さん
カラーコーディネイター。
実に我が意を得たり。
どれも宗春公と何らかの関わりのある色でした。
この場を借りて、深く深く感謝します。
この色使いのような細かい作業は
気づく人の心をとても動かすもの。
この色が出てきた時の私の嬉しさ、表現ができないほどです。
作者の宮本さんが提出していただいたものの中から
12種類を使用させていただきました。
その理由を以下に記します。
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緋色(ひいろ)・・・いわゆる僧侶の最高位が用いる色。管長猊下の着かれたテーブルでしたから。
江戸(えど)紫(むらさき)・・・紫は冠位十二階でも最上位にあるもの。今回は官職である政治家の方々をこの色にしました。
猩々(しょうじょう)緋(ひ)・・・宗春公が御下屋敷(おしたやしき)に遊びに出かけた時に、頭にこの猩々緋色の頭巾をかぶったという記録があります。緋色よりも鮮やかな朱色です。
浅葱(あさぎ)色(いろ)・・・宗春公時代にもっとも流行った色でおしゃれな色と言われていました。宗春公もこの浅葱色の頭巾を何度もつけています。
鬱(うっ)金色(こんじき)・・・いわゆる金色です。名古屋城は城で持つ・・・金鯱・・・それと僧侶の袈裟の色。勉強会の僧侶仲間の席でした。
憲法(げんぼう)色(じき)・・・京都の剣豪吉岡憲法が染めた色と言われています。宗春公が参勤交代で名古屋から江戸に下向する時、一行の衣装や道具にいたるまで、この憲法小紋にしたという記録があります。
路考(ろこう)茶(ちゃ)・・・二代目瀬川菊之丞の愛した色と聞いています。彼の養父である初代が、宗春公が梁川藩主から尾張藩主時代に一世を風靡した女形でした。
藤色(ふじいろ)・・・朝廷で高貴な色として好まれた色。尾張藩と朝廷は深い縁で結ばれていました。宗春公の隠居は幕府と朝廷の対立が引き金となったというのが私の見解です。
常磐(ときわ)色(いろ)・・・永遠に変わらないものの象徴。江戸時代の街道には松がたくさん植えられており。参勤交代の途中の景色は松並木が多数目に入ったと考えられます。
銀(ぎん)鼠(ねず)・・・ねずみ色にはいろいろな種類がありますが、銀鼠は比較的明るい色です。江戸時代、鼠色はおしゃれな色として流行しました。
鴇(とき)色(いろ)・・・特に若い女性の小袖の地色として用いられた色のようです。朱鷺の羽の色。江戸時代は日本全国に飛んでいた朱鷺(=鴇)。
納戸(なんど)色(いろ)・・・納戸役とはいわゆる藩主の裏方に当たりました。そこで今回はこの席をスタッフ席とさせていただきました。
この色使いはとても気に入っています。
今後も色々と使ってみたいと思います。

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