甘茶と雨とカエル 音を想う雑感
雨模様の中、甘茶が綺麗に咲いて居ます。カエルの鳴き声
もあり、雨音と合奏です。その音を聞きながらの雑感です
。
雨音もカエルの鳴き声も、文字で誰かに伝えると、全く異
なった音として伝わります。そのものの音を録音したり、
直接聞いてもらわない限り、再現は難しいものがあります
。音楽も楽譜はあれども、演奏者やその時の状態により、
音は変化するもの。それがまた面白いのですが。
ふと自分に振り返り、真言はどうなのかなぁと感じていま
す。次第ではカタカナで音を伝えて居ますが、弘法大師の
当時は、漢字や梵字で音を伝えて居ました。ところが、ど
のときからかは分かりませんが、弘法大師当時の音は消え
去り、全く別の音が文字から創出され、それを金科玉条の
如く重んじられるようになって現代に伝わって居ます。声
字実相義や吽字義を読むたびに、大師にとっての音につい
て考えさせられて居ます。現在の私の中では、皆に見せて
聞かせる音は日本の伝統的な音ですが、体の中での音の響
きや独りの修法はできる限り梵字の音の再現につとめてい
ます。もちろん不動慈救咒のような例外もあります。
音、単純に文字にするのではなく、音そのものを受け取る
器量をもっと磨いてみたい、それを強く感じさせてくれた
甘茶と雨とカエルでした。^_^
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