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2012年10月17日 (水)

竹腰家のお二人と会食:竹腰家が対立した成瀬家の犬山城麓にて

昨夜は、竹腰家のお二人と名鉄犬山ホテルで会食。とても有意義なお話ができました。
江戸時代の尾張藩には、犬山を治める成瀬家と、美濃今尾を治める竹腰(たけのこし)家の二つの家がありました。御附家老(おつけがろう)として尾張藩の運営を担っていて、両家とも三万石以上を領有した大名並みの家柄でした。江戸時代中頃まで両家は共に尾張藩を支えていたのですが、時代が下がり両家は互いに反目するようになり、成瀬家は朝廷側に、竹腰家は幕府側に寄るようになっていったそうです。遂には金鉄党とふいご党に別れ、虐殺さえ起きるほどに対立してしまいました。
現在徳川宗春の著述を執筆中で、その関係で竹腰家出身のお二人と会う機会を得ました。弟さんの方はロータリークラブでパストガバナーである関係で、先日のIMで出会うことができた方です。会社を起業された方。お兄さんは、犬山中央病院を作られ、今も現役のお医者様で院長・理事長をされています。
http://www.inuyamachuohospital.or.jp/index.html

これを聞いて面白い!と思われる方は歴史マニア。犬山は成瀬家の本拠地であり、今でも市民は成瀬家のことを大切にしています。その成瀬の本拠地で三十年もの間、犬山周辺の方々の命と健康を守ってこられました。鋭く対立した成瀬家と竹腰家。その竹腰家のご子孫が、成瀬の本拠地で生命と健康を守っている事実を知り、天の采配の妙を感じました。再び、初期の御附家老のお役をされているようにも感じます。
昨夜は、そのお二人と犬山城麓の名鉄犬山ホテルで、木曽川を見つめながら会食。この御縁に思わず合掌してしまいました。私の役目は、これらのことを記録し、離れていた縁を結び直し、逆縁を解いて順縁に結ぶ役のようだと、自分勝手に感じています。
人は気づいていないだけで、こうした天の差配により、実に素晴らしい縁をいくつも繋いでいる、これを実感。私が宗春卿を通して伝えたいのは、このことだと改めて感じた次第です。
— 場所: 名鉄犬山ホテル

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