自らが人柱となるくらいの覚悟が必要。常に学問と世情の両方で心の鏡を磨き、暗闇に光を当て歩む 「千年先を見つめて(尾張七代藩主徳川宗春物語)」より
自らが人柱となるくらいの覚悟が必要。
常に学問と世情の両方で心の鏡を磨き、暗闇に光を当て歩む
「千年先を見つめて(尾張七代藩主徳川宗春物語)」より
柳澤吉保が逝去前に、通春(宗春)を呼んで対話する設定です。
柳澤吉保: 「今の幕府は何でも理詰めで、理屈で考える。されど人の世は情もありまする。
大奥は情で動きまする。江島殿をあのようにされては、大奥も黙っていますまい。
決して理屈だけで動いてはなりませぬ。また情だけで動いてもなりませぬ。」
通春様は吉保の言葉にうなずく。
柳澤吉保: 「赤穂の浪士のこと。切腹を命じられたのは上様(綱吉)でございますが、
切腹を強く薦めたのは私でございます。世間は情で動きます。
もしあの者達の罪を許せば、当初は持ち上げられたとしても、
あの浪士たちは忘れ去られていくか、お荷物となってしまったでしょう。
だからこそ、あの者達の目に見える命は奪いましたが、
目に見えぬ形で多くの人々の心に生かせる方法を取りました。
後悔をしていないといえば嘘でございます。
四十七人もの命を奪ったのですから、その罪は私が負おうと決意しました。
政は、迷ったときにどちらに転んでも正しい決断であったことは稀でございまする。
時には間違い、時には正しく、そうやって動かしていくものでございます。
しかも理屈だけでものごとを決めると、世間が許しませぬ。
上に立つ者は、常に自分が人柱になるくらいの心構えが必要でございます。
あの浪士達、特に大石殿や片岡殿は、自らが人柱になろうと思われたのでしょう。
(浪士No.2の片岡源五右衛門は尾張藩出身)
私は片岡殿に流れる、尾張武士の心意気を見ました。
それが源立公(尾張四代藩主吉通)には深く強く流れておられました。
そして、そなた様にも。
人の言葉に左右されるのではなく、自分の心の鏡に移して、
恥ずかしくない生き方をなされませ。
学問と世情の両方で心の鏡を磨き、暗闇に光を当て歩みなされませ。
この後、おそらく紀州(吉宗)様が将軍になられます。
あの方と共に、歩みなされませ。
そして紀州様が歩むことができぬ道をお歩みくださいませ。
それが天下万民のためでございまする。
この国を宜しくお頼み申し上げまする。」
吉保は通春に深く頭を下げる。通春は、両手で吉保の手を握りしめ、大きくうなずく。
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