白牛について 「千年先を見つめて(尾張七代藩主徳川宗春物語)」より
白牛について 「千年先を見つめて(尾張七代藩主徳川宗春物語)」より
宗春(通春)は、名古屋で白牛に乗るのですが、実はインドから白牛を輸入したのは吉宗で、安房で放牧したという記録があります。その乳を好んで飲んだそうです。その事実から、通春と吉宗のやり取りを設定してみました。
ある日、通春は江戸城に登城。すると黒書院前の廊下に、将軍吉宗が、老中松平乗邑と、御側御用取次の加納久通と共に庭を見ていた。吉宗は通春を見つけ、側に呼ぶ。
徳川吉宗: 「主計頭殿、天竺より珍しい動物が参りましたぞ。」
松平通春: 「白牛のことでございましょうか?」
徳川吉宗: 「既に耳に入っておるようじゃなぁ。」
松平通春: 「吉原でも大騒ぎでございまする。+」
横で乗邑が、その言葉を制するように咳払いをする。通春は、乗邑の顔色を伺い、さっと話題を元に戻す。
松平通春: 「上様は何故に白い牛を?」
徳川吉宗: 「そなたは、酪・酥・醍醐をご存知か?」
松平通春: 「仏教の経典に記してあるものでありますれば。」
徳川吉宗: 「まさにそれじゃ。酪も酥も醍醐も美味であるには違いないが、それ以上に身の健壮を保つよい薬と聞いておる。それゆえに、日の本や清の牛ではなく、経典の記された天竺の牛を求めたのじゃ。」
松平通春: 「なるほど。」
徳川吉宗: 「そなたは、白牛を見て何を思った?」
松平通春: 「昔より白牛は神話の動物でございまする。法華経の家宅の喩えの白牛もありますし、閻魔天の乗り物、菅公(菅原道真)の夢の話、毛利の萩の伝説や、磐城平の石の伝説、その他にも僧侶が白牛に乗っていたり、『露地白牛を蔵し、長空日月を呑む』という禅語もございますれば、とても意味ある生き物かと存じ上げます。」
松平乗邑: 「既に白牛を牧す地として安房を選んでおりまする。」
と口を挟む。通春は笑顔で
松平通春: 「着流しを着て、長煙管でもふかし、白い牛に乗りゆったりと歩みたいものです。」
松平乗邑: 「そのような武士にあるまじき姿を」
松平通春: 「将監殿。前田家初代の大納言様をご存知ですか?」
松平乗邑: 「いかさま。」
松平通春: 「あの方は若い頃は、女性物の襦袢を着て、練り歩いたそうでございます。大納言様の武勇にあやかりとう存じまする。」
松平乗邑: 「上様が食される乳を出す牛に乗るなど、とんでもないことではございませぬか。」
徳川吉宗: 「わしも白牛に乗ってみたかったのじゃが。」
松平通春: 「ほんとうは、間もなく来るという象に乗りたいと思っておりまする。されどそれは難しゅうござるので、白牛ならば可能かと思いましたが、やはり無理でございますか。」
徳川吉宗: 「主計頭殿、済まぬなぁ。そちと同じように象に乗り白牛に乗りたいと、わしも考えたのじゃが、年寄りどもがうるさくてなぁ。」
加納久通: 「こればかりは、と、上様をお止めいたしました。」
松平通春: 「白牛と象は、これより江戸で何かと話題になりましょうほどに。」
加納久通: 「それも吉原での話題でございましょうか?」
と通春に久通が笑って問いかけられると、
徳川吉宗: 「ワハハハハハ。これは遠江の勝ちじゃ、のう主計頭殿。」
それを乗邑が制するように咳払いをする。
| 固定リンク
« 何事も伝聞のまま信じるのではなく、自分で確かめる 「千年先を見つめて(尾張七代藩主徳川宗春物語)」より | トップページ | 四端の心 理に走らず情を知れ (by 伊藤東涯) 「千年先を見つめて(尾張七代藩主徳川宗春物語)」より »
コメント