大楽と大欲 「千年先を見つめて(尾張七代藩主徳川宗春物語)」より
大楽と大欲 「千年先を見つめて(尾張七代藩主徳川宗春物語)」より
通春(宗春)が公辯法親王を訪ね、二人が対話する場面を設定しました。
公辯: 「天台の教えの即事而真という言葉を知っておられるか?」
求馬通春: 「いえ、知りませぬ。」
公辯: 「あらゆるもの、あらゆる出来事が、そのまま真理であるということです。真言でも大切にされておる教えです。」
求馬通春: 「苦しみ悲しむときもですか?」
公辯: 「闇があるから光が分かるもの。ただこれは誰に対しても教えて良いものではなく、自ら考え自ら深めることの出来ぬ者には却って毒になりまする。」
求馬通春: 「そして毒は使い方によっては薬になる。」
公辯法親王は、微笑み、うなずく。
公辯: 「天台や真言で用いる経典に理趣経というお経があります。ご存知かな?」
求馬通春: 「伝教大師(最澄)と弘法大師(空海)が、決別した理由のお経ですね。」
公辯: 「あれは実際は伝教大師ではなく、圓澄法師だったそうですが、その話は別として、その理趣経の経題は、『大楽金剛不空真実三摩耶経』といって、大楽を説くお経じゃ。これを勘違いした真言立川流を拙僧は徹底的に排除したが、それは大楽の本当の意味が誤解されなようにするためのものでもあった。拙僧はこの理趣経を大切にしておる。」
求馬通春: 「大楽。」
公辯: 「また、大欲を説くお経でもある。」
求馬通春: 「大きな欲ですか?」
公辯: 「大きいといっても、あれより大きいというように何かと比較して大きいというものではない。この大は梵語では摩訶不思議の摩訶という言葉で、絶対的な大きさを意味している。」
求馬宗春: 「絶対的な喜びであり、絶対的な大きな欲。あ、普賢菩薩の虚空尽き衆生尽き涅槃尽きなば我が願いも尽きなむ。」
再び公辯は、微笑んでうなずく。
公辯: 「幕府がどうとか、お家がどうとか、金子が欲しいとか、そうした欲ではないのう。あらゆる人が楽しくあること、常憲院(五代将軍綱吉)殿のように、あらゆる命が大切なものとする、あれこそがまさに大欲であり大楽じゃ。しかし、それを理解する者は少ない。それ故に、生類憐れみの令は全くの誤解されたものになってしまった。多くの者が、あの令の本質に気づけなかったばかりに、お犬様や魚屋禁止など極端になってしまうものじゃのう。今の幕閣も、欲が小さすぎる故、悲しいのう。慈眼大師(天海)のように清濁合わせ飲みたいものじゃ。」
求馬通春: 「法親王様、深く感謝いたします。私も尾張藩とか幕府ではなく、この日の本が、この天下が少しでも良くなるように、一人ひとりの人が、楽しく暮らせるように努めさせて頂きます。まさに大楽を願う大欲で。」
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