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2011年2月12日 (土)

側近政治と幕閣政治 雑考

江戸時代の歴史を調べていて、政治形態で気づいたことがあります。
それは側近政治と幕閣政治という二つに大きく分かれること。

歴代将軍(敬称略)で示しますと
家康:側近(本多正信・本多正純)
秀忠:幕閣=側近(酒井忠世・土井利勝等 )
家光:幕閣=側近(松平信綱・天海・柳生宗矩等)
家綱:幕閣(松平信綱・酒井忠清等)
綱吉:前半幕閣(堀田正俊等)
    後半側近(牧野成貞・柳沢吉保)
家宣:側近(間部詮房・新井白石)
家継:幕閣?(早逝なので)
吉宗:幕閣(松平乗邑等)
家重:側近(大岡忠光)
家治:側近(田沼意次)
家斉:幕閣(松平定信等)
家慶:幕閣(水野忠邦等)
家定:幕閣(阿部正弘・堀田正睦等)
家茂:幕閣(井伊直弼など)
慶喜:?(期間が短い)

こう見ていくと、側近政治はいわゆる将軍親政であり
幕閣政治は家臣たちによる運営であることが分かります。

八代将軍吉宗公は、その強烈な指導力で
享保の改革を成し遂げたとされますが
実は親政ではなく、幕閣による政治運営でした。
その証拠となるのが、
尾張七代藩主宗春の蟄居後の幕閣の動き。
宗春が側近政治を行ったことに、松平乗邑などが猛烈に反発。
宗春を強制的に無理やり蟄居させた後に
各藩に、藩主の親政を厳しく戒め
何事も家老による合議制にするようにとお達しが出ています。
つまり将軍や藩主は
直切的に政治に携わってはならないというものでした。
見方によっては、政治運営には成功不成功が付き纏い
そうしたことに将軍や藩主は
巻き込まれてはならないとしたからかもしれません。
ある意味、天皇家のあり方を見本にしたようです。
ところが皮肉なことに
九代将軍家重は側近政治に切り替え
乗邑を罷免してしまいます。

江戸幕府のあり方も代によって随分と異なっていて
色々学ばされます。

現代社会でも
小泉純一郎:側近(竹中平蔵)
という特例はありますが
基本は閣僚官僚政治かなぁ…

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