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2010年10月25日 (月)

尾張藩七代藩主徳川宗春公の真実(1)宗春公の主な経歴

宗春公の主な経歴 年齢は数え年

元禄九年十月二十八日(新暦1696年11月22日)生まれ
四歳   父の綱誠公(48)が薨去
五歳   祖父光友(76)公が薨去する
十三歳  兄の吉通より通春という名前を授けられる
十八歳  信濃路を通って江戸に移り住む。
兄吉通薨去 その子五郎太逝去 兄継友が六代藩主に
元服し、求馬通春と名乗る
二十一歳 譜代衆、従五位下主計頭叙任。松平主計頭通春となる。
二十四歳 従四位下 大名格を得る
二十九歳 長女誕生(以下、二男六女を得る)
三十五歳 尾張家御連枝となり陸奥梁川三万石の大名に・常在府 国持大名扱い
三十五歳 兄継友が薨去し、尾張七代藩主に
三十六歳 従三位参議・左近衛権中将となる  
主著『温知政要』執筆  名古屋へ戻る:名古屋入府の際に、漆黒の馬に、黒尽くめの衣装で庶民を驚かせ喜ばせる:全国的な倹約緊縮体制に反し、規制緩和積極経済政策を打ち出す:名古屋の人口は増え、大いに賑わう
三十七歳 京での『温知政要』出版が所司代より不許可となる:江戸に参勤交代で移った後に将軍家より三か条の詰問を受ける?
四十歳 藩士に遊興徘徊と博打を禁じる。その後、幕府も大名と旗本に同じ令を出す:嫡子万五郎(7)が逝去
四十一歳 一部緊縮体制に移る。幕府の貨幣改鋳等に対する対策?
四十二歳 次男龍千代(1)逝去
四十三歳 江戸詰めの最中に、老臣により尾張藩内でクーデター
四十四歳 藩内の混乱を理由に幕府より蟄居謹慎を命じられる:名古屋城三の丸に幽閉
五十九歳 名古屋御下屋敷へ転居
六十六歳 閉門が一部解かれ菩提所建中寺に
六十八歳 八事山興正寺に参拝
六十九歳 御下屋敷で薨去(明和元年十月八日(新暦1764年11月1日))

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