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2010年10月25日 (月)

尾張藩七代藩主徳川宗春公の真実(2)吉宗公・宗春公治世下の享保元文の世相

吉宗公・宗春公治世下の享保元文の世相

五代将軍徳川綱吉公と側用人から大老格となった柳沢吉保。この時代に元禄文化は花開きます。それに続き六代将軍徳川家宣公と側御用間部詮房・侍講の新井白石等による正徳の治。そして八代将軍吉宗公等による享保の改革。享保時代とはは綱吉公が薨去されて七年後、まだ元禄文化の残り火がかろうじて残っていました。宗春公の若い時代を育んだのは、この元禄文化の残り火であったと言っても過言ではありません。


このころの学問が幕末の原動力の礎となった

五代将軍綱吉、六代将軍家宣ともに、徳の治世を重視していました。そのために、元禄時代に活躍した学者は多く、その愛弟子たちが輩出された時代が享保の時代です。

 ・林鳳岡(正統朱子学)及びその弟子たち
 ・伊藤仁斎(古義学)の弟子たち
 ・荻生徂徠(蘐園学派)及びその弟子たち
 ・熊沢蕃山(陽明学)の弟子たち(特に宮中で重きをなしていた。幕末に影響)
 ・木下順庵の弟子たち(室鳩巣・新井白石など)
 ・貝原益軒(本草学・養生訓など)の弟子たち
 ・関孝和(和算)の弟子たち  
 ・渋川春海の弟子たちや中根元圭と幸田親盈などの弟子たち(歴学・和算)
 ・契沖(精密な国学の検証)の弟子たち
 ・山崎闇斎(崎門学派神道)(特に宮中で重きをなしていた。幕末に影響)
 ・太宰春台(経世家・儒学者:『経済録』等)
 ・石田梅岩(石門心学)
 ・浅井周伯(医学・本草学)の一族と弟子たち
 ・松岡恕庵(医学・本草学・崎門学・古義学)の弟子たち


伝統芸能と商業の興隆

  元禄文化と総称されるほど、綱吉公の時代は大きく文化が花を開きました。そしてそれを支える商人たちが台頭してきた時代でもあります。享保の時代に入り、倹約緊縮で新たな文化の創設は閉ざされてしまいますが、元禄文化に生まれた芸術の流れは止まることなく、倹約緊縮の享保年間にもしっかりと根づき伝統文化となっていきました。

・歌舞伎俳優たちの活躍
 ・初代二代目の坂田藤十郎 ・初代から四代目までの市川團十郎・市川海老蔵
 ・初代尾上菊五郎  ・初代松本幸四郎 ・初代沢村長十郎
 ・初代中村十蔵(吉右衛門) ・初代中山新九郎  ・初代山中平九郎 
 ・初代沢村宗十郎 ・三代目嵐三右衛門 ・初代坂東彦三郎  ・その他

・元禄末期に美人画で有名な菱川師宣が活躍し、浮世絵が世間に広がる

・尾形光琳(絵師)や尾形乾山(陶芸)兄弟の最晩年

・宮崎友禅斎による友禅染

・近松門左衛門(心中物)の最晩年


・竹本義太夫の弟子竹本出雲(義太夫)の晩年

・江戸・京で宮古路豊後掾の文金(髷:文金高島田の源流)と豊後節が大流行

・紀伊国屋文左衛門・奈良屋茂左衛門など豪商の最晩年

・俳諧では松尾芭蕉の弟子の志太野坡、その門下の多賀庵風律、湖白亭浮雲
 芭蕉門下の各務支考の最晩年、その弟子の加賀千代女、仙石蘆元坊、田中五竹坊
 
・歌壇では霊元上皇(法皇)とその門下 中院通躬、武者小路実陰、烏丸光栄など
 その他、当時の宮中の多くは霊元上皇の影響を受ける

・書道では、霊元法皇、その子有栖川宮職仁親王による有栖川流

・箏曲の生田流、長唄、、「さらし」「三段獅子」「六段恋慕」などの手事物が興隆

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