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2010年10月23日 (土)

尾張藩七代藩主徳川宗春公の真実(序-002)

享保年間(1700年代前半)、
絶対的君主に近いと思われている
江戸幕府第八代将軍徳川吉宗公。
享保の改革という倹約・緊縮財政を取り、
幕府の財政赤字は改善されたといいます。
幕府の金庫は豊かになりましたが、
地方では飢饉と重税による一揆が続発。
倹約令によって庶民の楽しみは抑制され、
徹底した管理体制が敷かれていました。
そのために吉宗公在世当時の、
将軍人気は決して高くはありませんでした。
吉宗公が、当時の庶民にとって
良き人であったかどうかは疑問が残ります。
彼は政権にとって都合の良い人物であり、
政権維持の英雄であったからです。
当時のほとんどの大名や旗本が
幕閣が主導する倹約・緊縮財政に追従。

その中、ただ独り、積極経済政策をとった大名がいます。
御三家筆頭尾張藩第七代藩主徳川宗春公
元禄九(1696)年十月二十八日~明和元(1764)年十月八日。
テレビドラマでは、吉宗公を英雄視するために、
宗春公は派手好みの遊興に走る敵役にされることが多いのですが、
実像の彼は悪役どころか、先進的な思想の持ち主であり実践家でした。

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