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2009年7月20日 (月)

異能のものに対する評価

燕雀いずくんぞ 鴻鵠の志を知らんや

最近、これを痛感する出来事が周りでいくつかあった。


ある学校の話。
喩えて話してみる。
Aという先生にはBCという生徒が居る。
Cは少しやんちゃなところがある。
Bは一見真面目そう。
当然、先生はBの意見を重視する。
しかし教師としてはこのA先生は失格である。
Bは自分の感情を押し殺し真面目を演じているので
我慢強いという言い方もできるが
反面、いつも顔色を伺い自分の心に嘘を言っていると
言えないこともない。
大人ならば仕方がないが、子供ではいかがだろうか?
BCと実際に接してみると、Cのほうが人間味があり
真実を語っていることが多い。
しかしA先生はBを評価して信じてしまうことが多いために
事実が見えてこず
結果的には全体にとって不利益な選択をすることが少なくない。
それを先日目の当たりにした。


ある事務所でも同じようなことが起きている。
そのものが持つ異能を理解できないがために
過小評価して苛めをする。
ここを見ていると外部告発をしたいほど
パワーハラスメントが日常化している。
表ざたになると大変なことなのに
その周りの者たちも見てみぬどころか
そのパアワハラに追随してしまい
異能の才能を半減させている。


私も寺子屋を主宰し
ハンドボールのコーチをしているので
常にこの異能には気を遣っている。
異能者こそ世界を改革する力を持っていることに
気づかねばなるまい。
歴史はこの異能者によって作られてきた。
私自身も燕雀のみの発想だけではないように
気をつけたいと、最近感じさせられている。

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