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2009年3月10日 (火)

大叔父の葬儀にて

大叔父の葬儀にて
浄土宗西山派の葬儀を経験した。
お通夜では、親族として
葬儀では客僧として参加。

まず、亡くなった直後の枕経。
かみそりによる得度式をおこない
頭に水を注ぐ灌頂。
驚いた。
いや感心した。
葬儀の意味をしっかりと捉え
得度式を行なっていたからだ。
最近の多くの葬儀は
儀式が形骸化していて
中身を無視しがち。
しかし、一宮市の常念寺のご住職は
実に丁寧に行なっておられた。

それは通夜式でも同じであった。
実に丁寧に通夜式を始めてくださり
そして良い法話もいただけた。

俗名 片山治吉。
享年94歳。
新興宗教の宗教家であった。
「ひの神」つまり太陽神を信仰していたので
明光という道号をいただいた。
また、片山家当主は代々に渡り
治平という名をつけている。
その一部である治に対して大叔父は
かなりのプライドを持っていた。
宗教家として道を説く人でもあったので
治道 という戒名をいただいた。
そして信士でもなく居士でもない法子をいただく。
明光治道法子
綺麗な戒名をいただいた。

告別式ではもう一つ驚く。
跡取りの廻向院の御住職の声が
実に綺麗だった。

久しぶりにこうした良い葬儀に出会えた。
少し感動する。
今回の良き点を私も取り入れたいとさえ
感じさせられた葬儀であった。

深く感謝する

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