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2008年10月19日 (日)

ハンドボールと僧侶としての道 雑考

最近、「仕事をちゃんとしているの?」と訊かれることが少なくない。
理由は高校のハンドボール部に入れ込んでいるために
ほとんどの時間をそこに裂いているように見えるからだ。
実際に、それに取られる時間が一日のうちで二番目に長い。

私の目から見ると、
実はハンドボール部に関わることも僧侶生活の一部。
職業としての宗教活動ではないが
独りの人間としていかに良く生きるかという根本テーマに関わってくるからだ。
特に昨日の試合は考えさせられた。

うちの選手が肘うちを受け、ひとりはコンタクトを飛ばされ
一人はおでこにたんこぶを作った。
この肘撃ちを審判に抗議しようと思い
オフィシャルに出向くと、そこで県の偉い方に
「ハンドボールを知らなさ過ぎる」と逆にお目玉をいただいた。
ショックだった。

自宅に戻り何度も何度も考えてみた。

反則は当たり前としてあるものだが
やはり危険行為は避けなければならない。
勝つためには審判が見ていなければ
そういう行為をして良いのだろうか?
また試合中に暴言も何度もあったという。
あまりにも哀しい試合だった。
これが健全なスポーツのすることなのか
と、涙をためながら何度も何度も考えてみた。

私は決めた。
うちのチームは真っ向勝負で行く。
暴力行為や暴言行為は
たとえ審判が見ていなくても絶対に行なわないチームで行く。
それで負けたとしても
人生で学ぶことは大きいし、決して恥ではない。
ただ相手の暴力行為や暴言行為に対しては
こちらも防御策はとっていこうと思う。
それができなかったのは
私があまりにもハンドボールの試合を知らなさ過ぎたからだ。
それは事実であり、指摘も正しいと思う。

アグレッシブなハンドボールを目指しているが
それが審判の眼をかいくぐるようなものであってはならない。
そういう教えをしては人生を台無しにする。
ただ相手がそうであっても、こちらはフェアであり続けたい。
その反則行為をいなせるチームであろうと思う。

私にとって、高校ハンドは勝つことにこだわりたいが
それと共に、ハンドボールを通じて何かを学ぶ場であって欲しい。
「高校でハンドボールを行なっていて良かった」
そういう言葉を子供たちが話してくれるようにしていきたい。

改めて私は決意した。

苦しくとも、私はこの道を行く。

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