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2008年8月 9日 (土)

仏教者でありたい だからハンドボールを大切にしている

最近、ブログにはハンドボーズ日誌ばかりで
ほかの事を書いてこなかった。
各務原高校女子ハンドボール部のコーチを引き受けて一ヵ月半。
昨日の大会を目指してひたすらに走ってきた。
結果は二部で準優勝。
4年前の大会でも各務原高校は準優勝しており
今回で二回目らしい。

ただし、私がコーチを引き受けた段階では
生徒たちの頭の中には準優勝どころか
勝利に対する意欲も薄いものであった。
彼女たちが勝利に飢えるその思いを真摯に受け止た。
私にとってはこれは宗教活動ではないし布教活動でもないが
一人の僧侶としての生き様に直結するものであると感じた。
師が常々私たちに語りかけているこれからの僧侶のあるべき姿
福祉・環境・教育
の教育そのものであると感じた。
そのためによきコーチが見つかるまでという条件で
コーチを引き受けたのだが
この一ヵ月半はどっぷりと各務原高校の女子ハンドボール部と
共に歩んできた。

途中で、学校の行事やなんやらで
練習が思うように行かない日も少なくなかった。
週に3回しか練習ができない日もあった。
それらを考えると
実質は一ヶ月なかったように思える。
それでも彼女達はしっかりと頑張ってくれた。
彼女たちなりに上を目指して頑張ってくれた。
それが準優勝としての結果である。

仏教は、
気付き(仏)、ありのままに(法)、共に仲良く(僧伽)
三宝を大切にする教え。
それは宗教というよりは
人としてあるべきように生きていく教え。
もっというと教えでもなく
ただただあるがままを気付き、実践していくもの。
私は、ハンドボールという
個人能力とチーム力の両者を必要とする
スポーツを通じて
この三宝を実践しているに過ぎない。

ある意味、自分がプレーするわけではないが
また選手も自分自身の一部と感じ取れるので
そこには区別もなく
自他という我執さえ消えていく。
ハンドボールの中に
私は仏教を見出し、
選手たちと保護者の方々、先生方と共に
仲良く生きていく
それを天からプレゼントされたと思っている。
ある意味
このハンドボールも私にとっては修行の場。

見方を変えると
どんなところにも
普通の目の前の事物や出来事の中に
メッセージを読み取り
自分の人生を豊かにしていく
密教の教えを
ハンドボールという道具でもって
現代的にして実践させていただいているようにも思う。

僧侶はお経を読み、法事をする者にあらず。
共に仲良く生き(僧伽)
ありのままに生き(法)
気付き目覚めて生きていく(仏)
これこそが仏教者。

改めて感じるのは
私は職業としての仏教徒でありたくはない。
一人の人間として
仏教者でありたい。

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コメント

こんにちは!!!美穂です
準優勝おめでとうございます
これからも頑張ってください(桜の分まで…)各務原高校の人はみんな大丈夫ですか???
なんか武藤さんが足をいためたとか
こないださそってくださってありがとうございます でも、なかなか行けなくてすみません
 また行けたらいきたいです!!!
ハンド部で一番怪我をしているので…よく分かるので気をつけてください
各務原高校がんばれ!!!!!!!!!!!!

投稿: 永井美穂 | 2008年8月11日 (月) 15時55分

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