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2008年7月10日 (木)

教化は決して行なわない

「そんなことで教化できるのか?」
こんなことを言われてしまった。
私の不徳のいたすところに対する叱責であるが
あえて言えば、私には「教化」する意思は全くない。

信者さんは私にとって、皆菩薩である仏である。
教えられることはあっても
「教化」なんてとんでもない。

何のために坊さんをしているのか?
多くのお坊さんは「教化」を大切にしているのだろう。
しかし、私はそこまで悟っていないし
それこそ間違ったことで人を導くことはできない。

親友の言葉を借りれば
<帰依仏>
気付いたことに喜び
目覚めたことを楽しんで
それらを他者(信者さんを含め周りの方々)に伝え
<帰依法>
ありのままに物事を見つめ
自然の流れのままに生きていき
<帰依僧>
共に仲良く生きていく

これが私の僧侶としての歩み方。
だから布教活動に熱を入れているわけでもないし
法事や葬式で走り回っているわけでもない。

ただただ、周りに居る方々と共に仲良く行き(和合僧)
ありのままにこの世を生き(法)
気付いたことや目覚めたことに喜び、それを伝える(佛)
それだけのことで僧侶をしている。

だからハンドボールをしている自分も
寺子屋をしている自分も
それは僧侶とかけ離れたものではない。

ただし、ハンドボールに関しては
一言付け加えておきたい。
私は決してプレーヤーではない。
プレーをしている子供たちが
最高に輝いていくことをお手伝いするだけ。
そのために常に仲良く傍に居る。

坊さん仲間が寄り集まって
自己満足だけのために野球をしているのとは
意味が全く異なる。

また世俗的な恩賞を誇張して喜んだ振りをして
数万円という破格のお金を集めてパーティをするのと
分けが違う。

私は常に三帰三竟を実践するのみ。
誰かを教え誰かを化かすなど
そんな行為はできないし、する気もない。
だからこそ本山布教師にはならなかったし
宗教政治からは一線以上はなれて
ただただ信者さんや周りの方々と共に生きてきた。

これからも
大いなる意思より与えられたこの命、
自分の道を、ただただ全うしたいと思う。

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