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2008年6月29日 (日)

良き習慣

 しかし、人生をいったんこのように真面目に考えはじめるならば、だれでもすぐに気付くことであるが、大切な問題は、たんに思想や信仰ではなく、ましてや人間の魂には触れることのない外面的な信仰告白や、またはただ教会に所属しているというようなことではなく、本当に大切なのは、なによりも習慣の問題である。
 教育の目標とするところは、善への性向をもつ人間を育て上げることである。いつでも善と悪とをよく考えて選ぶというのでは、頼みにならない。ー人間の激しい感情に対してはそんなことをしている暇はないー、むしろ望ましいのは、いろいろ考えなくても即座に、善を実行する傾向である。

『幸福論』ー良い習慣ー
カール・ヒルティ著 草間平作訳(岩波文庫)
p.148 より引用

この本は私にもっとも強く影響を及ぼしてくれた本である。
著者は真摯なクリスチャンであり法律家・政治家であった。
その真面目な生き方は外見的には堅苦しいものもあるが
その著作に触れるたびに、かれの深い信仰と思想に
心温かいものを感じる。

ここに引用した文章は
仏教の戒律とあい通じると私は感じている。
戒律の目指すところは
まさにこのよき習慣を身につけることである。
この良き習慣こそが覚りの世界へと導いてくれる。
私が教育に力を注いでいるのは
まさにこの仏教の戒律の真精神の普及であり
ヒルティの言う善への性向をもつ人間を育てることである。

ハンドボールに関しても
ハンドボールに対する善への性向を身につけるだけで
大きく高みへと上っていく。
今、私はそれを実感する。
特に各務原高校は、つい最近までこの良き習慣づけがなかった。
そして不満に覚える下級生たちが
親に相談をし
その親御さんからの勧めで私のところに来て
そして新生女子ハンドボール部が誕生した。
まだ半月あまりなので、良き習慣に慣れきってはいないが
逆に言うとたった半月で大変身した。
まさに良き習慣のなせるわざ。
改めて良き習慣の大切さを私も知った。

戒律には良き習慣を身につけること以上に深い意味がある。
そのために戒律の訳語として
「良き習慣」とのみすることはできないが
それでも「良き習慣」は戒律の核心部分であることは間違いない。
私は仏教者として、「良き習慣」の大切さを伝えたいし
その成果を、ハンドボールを通じても敷衍したいと思う。

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