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2008年6月18日 (水)

修辞(レトリック)を教育に入れて欲しい

レトリック(修辞法)について
英語圏では一つの学問領域になっており
教養ある者にとっては必須の学問。
日本にも和歌・漢詩などを通して
修辞学はとても大切な学問であった。
ある意味、歌の世界はその修辞学の結晶とも言える。
ところが最近の学校では
この修辞法をつまらない文法の一環としてしか教えていない。
小学校・中学校・高校の国語の先生すら
修辞学について意を払っている人は少ない。

巧言令色という言葉や、十善戒に不綺語があるように
言葉を飾り立てすぎるのは問題がある。
しかし、人の心を安らげたり
自らの主張を相手に伝えたり
さまざまな場面で修辞はとても勉強になる。

私自身もあまりこの修辞を勉強してこなかった。
ところがアメリカのTVドラマ
特に『The West Wing』(邦題「ザ・ホワイトハウス」)の中で
広報部の人たちが、必死になって大統領の演説文章を考え
表現の一つ一つにこだわっている姿を見るうちに
私自身も修辞について調べるようになっていた。
いつの間にか10冊程度の修辞の本を手に入れ
その歴史を見つめてみた。

するとどうだろう。
日本には和歌とか漢詩の世界で
自然に修辞を習熟できる伝統があったことを知った。
そして現代の教育の中では
それが文法というつまらない世界に閉じ込められ
窒息状態であることを知らされた。

まだまだ私も勉強中である。
この修辞学を日本の教育の中で
週一度はしっかりと学んでもらえるようにして欲しいものだ。

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