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2008年3月31日 (月)

学門好きでハンドボール好きな、お節介な田舎坊主

大学院時代に、遣り残した研究がある。
その研究をふと思い出した。
机の前に資料を広げると
あの頃の思いがフツフツとわいてくる。

資料を閉じ
その研究対象そのものよりも
学問をし
それに思いを巡らし
瞑想をし、
そして実践に役立てるときは
心の底から生きている実感を得ることが多い自分を
見つめてみる。

大学院生時代の私は
研究者としては欲深であった。
社会的なことも含めて
あまりにもいろいろなことをしたがったので
何か一つに特定した研究はあまりできなかった。
学者には不向きな性格だった。
実際、今も
政治家のバックアップをしながら政治家と繋がっているし
福祉業界にも
教育業界にも
実業界とも
芸能関係ともいろいろ繋がりを得ている。
私の一つの顔として
環境省登録環境カウンセラーというのもその一つだ。

一方で、世俗的な僧侶のあり方には
生理的な嫌悪感が今でもある。
学問が好きで、今も月に一回の高野山での
師匠のプライベートな勉強会に参加している。
またときおり研究的なことも個人的に行っている。


一般の僧侶から見ると学者であり
学者から見ると世俗的な坊主。
それが今の私。

師は異なっている。
学者から見ても学者だし
管長となった今は僧侶から見ても僧侶。

この輪の大きさが人間的な大きさの差なのかと
時折感じてしまう。

それでも、やはり学問は好きだから
宗教倫理学会などの学術的な学会には
時折顔を出している。
住職として、祈祷もするし供養もする。

人からの評価ではなく
自分ではどう思っているのか
と、信者には伝えている。
自分にあてはめると
「学問好きな田舎坊主」
が今の私の答え。
少しでも師に近い人間であろうとする
自分を知る。

昨日書いたブログ、
自分の輪の小ささを反省すると共に
それでも自分に出来る範囲と
それを超えている範囲を見つめるのも
また大切であると感じる。

ハンドボールが大好きで
学問が好きで、独りで読書し研究し
瞑想をするのが大好きで
一方では社会的なことに対しても興味を持っている
ただのお節介な田舎坊主
こんな自分であり続けることが出来ることに
深く感謝したい。

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