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2008年3月30日 (日)

岐路に立つ自分を見る

あるスポーツチームが二試合連続で負けた。
これはこれで仕方がない。
試合には時の流れがあり
また練習の成果もそのまま出る。
このチームは練習をしていた。
しかし決して効果的な練習をしていたわけではない。
何度も私は口を出そうと思った。
監督さえ口に出さないことを
私が口に出すわけには行かなかった。
彼らの練習法はあまりにも稚拙だった。
またけが人続出でチームプレーの確認を
ほとんどしていなかった。
そしてその結果が試合に出た。
それはそれで学びもある。
結果そのものには悲しみはない。
負けても得るものがあるのならば、それはそれで良い。
しかし、その後の態度が、あまりにも情けなかった。
一ヵ月後、もし順当に行けば決勝で当たるチームの
試合内容をしっかりと見ていなかったのだ。
私はそのチームのビデオを撮った。
ふと横を見ていると
彼らは笑いながらおしゃべりをして
試合をまともに観ていなかった。
本来ならば、今回の結果が悔しくて
一ヵ月後にリベンジをと思い
食い入るように見つめ、
相手の分析をしなくてはならないのに・・・・。
その後も、見てはいたが、
分析をしようとか学ぼうとする姿勢の観戦ではなかった。
呆然としているならばともかく
遠足気分のような雰囲気さえあった。

私の中でプツリという音がした。
「これで終わってしまった。
 今日までだ。
 もう二度と口を出すまい。
 また協力も基本的にはしていきたくはない。
 二人の将来には私も積極的に応援をしていくつもりだが
 もうチームとして応援する気力が萎えてしまった。
 彼らが求めてこない限り、
 私はもう個人的に二人に伝えることしかすまい。 
 いや、次世代のものには伝えていきたいが
 現世代の者たちには求めてこない限り
 もう手出しは一切したくない。」
そんな思いを感じさせられた。
実際は、ここまで切り捨てるかどうかは別だが
そこまでひどい態度であった。
中には私を直接激怒させる態度をした者も居る。
「きさま何様のつもりだ!」
と怒鳴りたくなるような態度だった。

ビデオに関しては
羽ばたこうとしている二人には見せるつもりだ。
監督には手渡すつもりだったが
今はそれさえも逡巡している。

一方、関わっているもう一チーム。
一勝一敗。
最後はよく踏ん張ったと思う。
このチーム状態で
ここまで遣り通したことは褒めてあげたい。
今はこのチームを下支えしたい気持ちで一杯だ。
試合に負けた後も
しっかりと反省し、修正を施していた点は
高く評価できると思う。
ベストメンバーでなくとも、
満身創痍の状態であったにも関わらず
ここまで戦った選手たちには拍手したい。
今回の勝ち負けは大いなる財産になるだろう。

今回のことで私自身も知らされた。
失敗してもいい。
間違ってもいい。
人には誰もが間違いも失敗もある。
しかし、その失敗を糧とするか否かは
その失敗や間違いの直後に
どういう修正を施すかにかかっている。
学校のテストで言うと
テスト直後に手直しをする人間としない人間との差だ。
私自身もここから大いに学ばねばなるまい。

今回のこの思いをブログに書くかどうかも迷った。
やはり正直な気持ちを書いた方が良いと判断した。
結果、私は今後どうするかはまだ分からない。
求めてこられれば手助けをする。
私は彼らが羽ばたく方法を知っている。
しかし、口出しは私のほうからはもうすまい。

二人の若き熱き思いに対しては
とことん協力をするし、助言もする。
彼らは求めている。
手を広げているので
手渡すことが出来る。

しかし、手を開いていない者には
何も渡すことは出来ない。
手を開くまでただ待つことしかできない。
本人たちの自覚とやる気がない限り
結局は空回りするだけだから。

空回りをしていた自分を
今は嘲笑している自分も居る。
一方で、それでも諦めたくないと思っている自分も居る。

私自身も岐路に立たされた思いだ。

まぁ、こんなことに気付かせてくれたことには
深く感謝したい。

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