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2008年1月25日 (金)

珍しくバックギア

今夜は私には珍しくバックギア。
男子の中学ハンドボールの早朝練習で
ほとんどの選手は一所懸命やっているにもかかわらず
それを一部に理解してもらえず
また単なるランニングに戻そうとする動きがあるという。

今のトレーニングを始めてから
走ることに対する抵抗が随分と減ったという意見も聞く。
体力もついてきたろうし
瞬発力も増強しているはずだ。

では、なぜ元のランニングという
意味のない世界へ戻そうとするのか?

ランニングするなら最低30分間。
これは常識だ。
本当を言えば40分以上といわれている。
40分以上走ることで
体力もついていく。

しかし5分や15分のランニングは
あくまでもアップ程度のもので
身体を温める以外には
ほとんど意味をなさない。
ハンドボールの試合で
ちんたら走ることなどないのに
なぜこんな単純なことが分からないのか?

自分で意味を考えるのが怖いのか?

自分で考えるより、
過去からやっている形骸化した練習を
踏襲するほうが楽だからか?

一つ一つの練習が実践とどう結びついているのか
なぜ考えようとしないのか?

B先生が今のような指導法にされている
理由が見え隠れしてきた。
先生の問題ではなく
受け止める選手の問題があるようだ。
考える癖がついていない。
ここに問題がある。

おそらく今後も意味を考えずに練習をしていくだろう。
もしそうならば今の男子チームは強くなれない。

挨拶が苦手な生徒たちの
裏の顔が徐々に見え始めてきた。

涙が出るほど悲しかった。

やはり私は無力なのだろうか?
いくつも手を打ってきたが
すでに無効になったものも少なくない。
なぜこんなに力を入れねばならないのか
私自身も疑問に思い始めた。
分かってはいるがバックギアになってしまった。

さてここでひと工夫もふた工夫も要る。
私の根気がどこまで続くのか、
僧侶としての正業もあり
正式なコーチでもないし
早々だが正直言って自信がなくなってきた。

まぁ自分と直接関わっている生徒の指導と
女子だけにした方が良いのか
一年生の基礎練習にステージを移したほうが良いのか
それともやはり私が出る幕ではなかったのか
迷ってしまった自分が居る。

明日の試合の前に、
こんな自分が居て恥ずかしい。

大いなるいのちに、大きな宿題を出された思いだ。

さて、愚痴はこれくらいにしておこう。
私も一人の人間であり、悩みもある。
こうした悩みをどうして行くのかは
僧侶として解決策はいくつも持っている。
だからこそ、やはり諦めずに
工夫をし続けて行きたいという
気持ちに変わりはない。

ただこれからは、男子の練習法に
直接関わっていくのはよそうと思う。
私の提案を理解するものと
そうでないものとの差が生まれ
抵抗が強くなり
チームがバラバラになってしまう。

今後はもっと後方支援で伝えて行きたい。
むしろ一年生や女子、
それに直接関わっている生徒たちに
上手に伝えることで
男子チームが
大きく変化していってくれるように仕向けたい。

望むものには最大限提供するが
望まぬものには、その人が気付かない限り
こちらから提供することは避けようと思う。
これが私の僧侶としてのスタンス。
これを再確認させられた。

受け入れる器に蓋がしてあっては
どんなに注いでも外に溢れるばかりだから。

頑固は大切だ。
しかし理由なき頑固は身を破滅させる。
そのようなことがないように
そっと影で工夫しながら見守っていたい。

大きく方向転換するつもりだ。

走りすぎた自分を反省。
自分のペースで人は動くものでないことを
改めて確認。

明日の男子には個人的には個々に伝えるが
チームに対しては口をつぐむ!

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