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2008年1月 8日 (火)

あるハンドボールの指導者に心の灯火をつけられた

一昨日、ハンドボールの中学校の試合を観に行った。
そこで素晴らしい指導を観た。

試合中、勝っているにもかかわらず、指導者がタイムを要求。
一人ひとりにチェックをしていく。
ハーフの最中もそうだった。
そして試合後も生徒を集めて指導していた。
聞き耳を立てて、その指導振りを聞いてみた。
その一例が以下の通り。

指導者「キーパーのどこを撃てば良いか分かるか?」
生徒A「コーナーへバウンドシュート」
指導者「その通り。みんなも徹底しよう」

指導者「右45度のディフェンスはなぜシュートを撃たれる」
生徒B「前に出る詰めが甘い」
指導者「それだけかな」
生徒C「ポストに対するカバーが甘いから詰められない」
指導者「両方の言うとおり。」

この指導の仕方は、答えを出すものでもなく
ただ単に怒りまくるものでもない。
冷静な眼で見つめ
生徒たちに答えを出させ
一人ひとりを自覚させている。
一人ひとりが考えるプレーをするから卒がない。
決してずば抜けた選手が居たわけではないが
全員が試合全体を見つめプレーをしていたことが分かる。

これはハンドボールだけではなく
ありとあらゆるところに応用できるものだった。
私も改めてその指導に感心した。
指導者のあり方によって指導されるものも変わっていく。

そういえば、ケネディがもっとも尊敬した指導者の上杉鷹山も、
貧困に喘いでいた藩をありとあらゆる方法を用いて復興させた。
自分自身の蝋燭の灯火を消さなければ
消えてしまった他の人の心の蝋燭に
再び灯火をつけることができる。

この灯火をつける仕事が指導者でありリーダーなのだろう。
テクニックは自分よりも多くの人が持っている。
そのテクニックを活用できるように、その元気に灯火をつけていく
そんな生き方をしたい。

良い勉強をさせていただいた。

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