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2007年12月18日 (火)

「秘密を解く鍵」「解く秘密の鍵」を学ぶ

これから高野山へ向かう。高祖弘法大師空海の著作の輪読会。今は『般若心経秘鍵』という小部の作品。般若心経を密教独自の視点で読み込む著述。注釈書というよりも、般若心経をいかに身に就けるとかということを視点に記された著作。

そんな経典をさらに身に就くお経として捉えたのが般若心経秘鍵。この勉強会を行うようになって知ったのだが、「般若心経の秘密を解く鍵」と「般若心経を解く”秘密の鍵”」という考え方の二種類があるようだ。前者は一般的な捉えかたで、般若心経に秘密があり、それを解きほぐすというもの。後者は、その深奥の意味を解きほぐす秘密の鍵とは何かという意味。真言を秘密の鍵ととらえれば、むしろ後者が方が、真言を中心に考えばスッキリする。私たちは常日頃から「秘鍵」とい単純に読んでいる。ここにも大きな意味があるような気がする。

ただ、私は秘密に、衆生の秘密と如来の秘密があるように、この秘密の鍵と、秘密を解く鍵の両者の意味を含んでいるととらえたほうが弘法大師らしいのではないかと思う。ひょっとすると『般若心経秘鍵』は、単なる『般若心経』の秘密ではなく、また『般若心経』を解く秘密の鍵ではなく、ありとあらゆるものの秘密を解く鍵であり、ありとあらゆるものを解きほぐす秘密の鍵なのかもしれない。もっと過言するならば、密教を解く鍵ともいえるし、真言はあらゆるものを解きほぐす秘密の鍵なのかもしれない。

Hikendaishi005 真言宗では、右手に五鈷杵を持つ弘法大師像が普通だが、智剣(利剣)を持つ弘法大師像もある。名づけて「秘鍵大師」。智剣は別名般若波羅蜜剣ともいう。この秘剣大師は古来より、ご祈祷をする際には必ず置いておかねばならないものとする口伝があるそうだ(四国のY師より教えていただいた)。ここに素晴らしさを感じる。この秘鍵大師こそ、秘鍵の大師というより、「あらゆる秘密を解く鍵である弘法大師」という意味があるのだろう。さいわい、高家寺には、「秘鍵大師」が祀られている。これも不思議な縁で、岐阜県の西濃地区に住まれている電話があった。お寺からずいぶん離れている方なのだが、「弘法大師像を預かって欲しい」という依頼であった。お寺から一時間弱、車で出かけ、お堂を開いた。そこにおわしたのが、今では高家寺の大師堂に祀られている秘密鍵大師だ。坐像が多い中、高家寺のものは立像。これは座禅にこもるのではなく」自由自在に動き回ることを意味していると、私は解釈している。

これらの密教でいう「秘密」こそ、最近このブログでも紹介してきた「The Secret」の意味をはるかに掘り下げた内容。確か密教の素養がなければ理解しづらいものもあるが、「秘鍵」には人生の深奥へ到達する深みがある。この「秘鍵」は読むたびに発見のある面白い著。こうして学生時代をはるかに超えながらも、師匠の下で秘密を解いていくことは楽しい。

師匠の著述は以下でも手に入る。 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4393172795/prpmenade-22 

さて、今日はどんなSecretを紐解くのであろうか?

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