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2007年12月12日 (水)

マスコミの方へ 「知る権利」を憲法に明記することをアピールしていただけないだろうか?

マスコミ関係の方がもしこのブログを読まれたら、是非全てのマスコミを通じて考えていただきたいことがある。「知る権利」が日本国憲法によって日本人には保障されていないと言う事実を知っていただきたい。これは、日本に報道の自由の根幹がないと言うことと同じではないだろうか?だからこそ、官僚はすぐに隠すし、企業も同じ。政治家もまた叱り。

日本には古来より秘伝と言うものがある。おそらく元々は純粋な形が崩れることを恐れての伝承方法だと思うのだが、いつのまにか主客が逆転して、秘密を守る事が主になってしまったように思う。真言密教にも同じことが言える。高祖弘法大師空海は教義を出し惜しみすることを最大の破戒であるとまで言っている。しかし、誰でもかんでも作法を伝えると、そこに曲解が生まれ、内容を全く別のものに変えてしまう恐れがあるために秘密を用いた面がある。また薬も調合の仕方で毒になるように、教えもまた毒になりかねないものには伏せておいた面もある。しかし、後代のものはいつのまにか高祖の思いよりも、秘密そのものを護ることに比重を置き、高祖の思いを忘れ去ってきた面も少なくない。本当はどんな教えでも公開が原則である。まさに「知る権利」を誰もが有しているということが大原則にあるのではないだろうか。

私は、園田康博代議士(民主党)から、この「知る権利」が日本国憲法に欠如していることを知らされた。私なりに読んでみたが、やはり園田代議士がおっしゃるとおりに欠如している。

これはある意味マスコミの責任ではないかと、今の私は感じる。テレビドラマ「ザ・ホワイトハウス」(原題The West Wing)を観ていると、アメリカの民主主義はまさにこの「知る権利」によって裏打ちされていることが分かる。だからこそマスコミが国家権力に対して力を持てるのではないだろうか?日本のマスコミの質が低いのではない。この「知る権利」が明記されていないことにより、「知る権利」の価値を日本人が感じていないことに問題があり、そうした初等教育を全くもって受けられないことに問題があると思う。今こそマスコミが先頭に立って、「知る権利」を憲法の修正条項として明記すべきときではないだろうか?憲法九条の問題のように、答えが真っ二つに割れるような議論をする前に、まず今の憲法の補足すべきところは補足すべきであると言う方向へ持っていくことが肝要な気がする。元来、日本人には白黒の世界は丁半のサイコロ世界ぐらいであったように思う。全面護憲でも全面改憲でもなく、改善すべき点はしっかりと改善していくと言う、日本の工業製品と同じような方法論を憲法もしなければならない気がする。その突破口こそ、マスコミがもっとも大切にしなければならない「知る権利」であるように思う。「知る権利」が明記されれば、現在日本で起きているさまざまなことが改善されていくだろう。ここはもっとマスコミに研究していただきたい。この「知る権利」を修正条項として載せることには、護憲派も改憲派も、反対はしないはずである。

公開を原則としているWEB2.0の世界に突入しつつある現代であるからこそ、その根幹にある「知る権利」を明確にしておく必要性を感じる。どうかマスコミの方々、この「知る権利」を真剣に考察し、社会にマスコミからアピールしていっていただきたい。

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