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2007年11月19日 (月)

総表現社会の層

『ウェブ時代をゆく』梅田望夫著 を読んでいる。http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480063870/prpmenade-22

まだ読みかけなのだが、その中で彼の二年前の著書『ウェブ進化論』 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480062858/prpmenade-22  からの抜粋部分が気になり、再び『ウェブ進化論』で確認した。

>>p.148 「エリート対大衆」という二重構造ではなく、三層からなる構造で、この総表現社会を見つめてみる必要がある。(中略)私は、この二つの層の間に、総表現社会という層をイメージするべきだろうと考える。一万でもなく一億人でもない、たとえば一〇〇〇万人(ここは五〇〇万人でも二〇〇万人でもいい)の層。「一万人に一人」ほど希少ではないけれど「一〇人に一人」(または「五人に一人」「二〇人に一人」でもいい)くらいの人たちの層。これがブログを序章とする総表現社会の到来によって浮き上がってくる新しい層である。   「不特定多数無限大の参加は衆愚を招く」と根強く考える人たちに、「百歩譲って一億人なら衆愚かもしれないけれど、一〇〇〇万人だったらどうでしょう」と、私は問いかけてみたいのである。<<引用終わり

これだ!と直感した。私自身、師匠のように、何万人に一人というスーパーエリートではない。かといって、学問を全くせず、お金を得るためにあくせくしているような大衆層でもない。ここで表現された総表現社会という層に属することを強く認識した。この層の中で力強く生きていく。あえて、高速道路を通るのではなく、道なき道を作りつつ試行錯誤しながら進んでいく存在。「僕の前に道はない 僕の後に道は残る」まさにこの道を歩んでいるときが最も充実して楽しいとき。それは子供の頃からであった。誰よりも最初に物事に気付き進み始める。ところが、ゴールを前にすると、さらに次なる道を探し始める。結果的には私より後に歩んだものが結果を得ることになるが、私自身は結果を得ることよりも、道を作り始めることが好きであった。もちろん最後までやり遂げねばならないという意見も少なからずある。しかし、私は私の後進が出てきた段階で、その人たちに道を譲り、新たな道を探すことのほうが好きだった。いつの間にか、その自分の性格を覆い隠すように生き始めていることに気付かされたのが、この梅田望夫氏の一連の著書だ。

今、WEB2.0に対して思うことがいくつもある。それを、WEBだけではなく、実社会にも役立てるように私は尽力をしようと思う。総表現社会の層に属するものとして、道なき道を歩もうと改めて決意する。

少し気恥ずかしいが、こんな青臭い自分が大好きであることも、改めて知る。

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