10月2日火曜日、9時半頃、いよいよ一行は金堂の中での結縁灌頂(けちえんかんじょう)へと進んだ。
私は、所用があり本山の宗務所へ。
10時45分過ぎに、金堂の前に戻っていくと、そこには涙を流した跡のある妻と妻の叔母の姿があった。結縁灌頂については、何度言葉で言っても「何の意味があるの」と、あまりピンと来ていなかった妻も、感動に感動を重ねたようだった。灌頂を終えた人たち全員が「すばらしい」「感動」「最高です」の言葉の連続だった。私が言葉で100を尽くすより、一回の灌頂のほうが人々を密教へと誘ってくれることの意味を全員が理解してくれた。バスの中で説明をしたのは、「これで終わりではありません。灌頂を受けることで、自分が曼荼羅の中心の大日如来と一体であることを悟り、多くの仏様に囲まれて生きていることを気づいていただけたと思います。これは終わりではなく、これからの新たな人生の始まりです。」と伝えると、皆がいっせいに頷いてくれた。この灌頂は言葉に尽くせぬものであったことを皆は感じ取ってくれたようだ。
ここで本山の皆さんにお礼が言いたい。妻の叔母は足が不自由だが、その叔母を車椅子で運びながら、心尽くしてくださった。これはどんなにお礼を言っても言い足りないくらいである。足の悪い方でも参加できるシステムは本当に嬉しい。
灌頂の後、中の橋でお食事。私は奥の院へ行き、Yさんという知人に会いに行く。ここでも本当にお世話になった。そして、帰路へ。
最後は大神神社。大和一宮。初日に行けなかったので、帰りに寄った。ここで皆が大きなエネルギーをためてくれたことを実感。寄ってよかった。
今回の団体参拝はまさに神仏の力みなぎるものであったことを皆が実感。帰路もみなの感想があり、ビデオもカラオケもなく、楽しく帰れたと思う。そして明日から、皆が力強く生きていってくださることを確信。本当に素晴らしい団体参拝であった。
お一人お一人の名前を出して感謝したいが、個人情報もあり、ここでは名前を出さないが、今回一緒に行ってくださったかたがた、運転手、出会えた方々、皆に深く深く感謝したい。
最後に、皆が口を揃えて、「また高野山に一緒に行きたい」と行ってくださったことは、大きな感動であった。
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