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2007年4月18日 (水)

慈尊院・天野・高野山へ

高野山に来た。今、高野山の中の橋駐車場にいる。車中でノートパソコンをネットに繋いでいる。

今朝は、まず麓の慈尊院へ詣でた。未来仏弥勒如来を祀る寺であり、高野山のかつての政所でもあり、高野山へ上る町石道の出発点でもある。23年前の5月3日未明、高野山を下山し、この寺に来た。そして徒歩で単独で高野山へ登った。今日は自動車だが、あのときの熱き思いが再び蘇ってきた。あれほどまでに迸るエネルギー。まだ私の中には眠っていることを知る。嬉しい。懺悔し、祈りをささげ、感謝をした。

次に天野の丹生都媛神社へ。23年前もここに途中で立ち寄った。偶然だった。山道で尿意をもよおしたが、さすがに聖地では立ちはできなかった。そこで途中で、横道にそれた。するとそこに神社があり、そのトイレをお借りした。そして、そのときに知った。ここが天野。高野山にとってとても大切な神社。四社明神を祀る場所。尿意によって、ここに導かれた。その後、学道のたびにここに来ているし、時折寄らせていただいている。実は今日も途中で尿意をもよおした。この尿意が、あのときの思いを蘇らせてくれてた。尿意もまた仏からのメッセージなのだろうか。

そして、先ほど奥の院へ。途中、団体が多く、混雑していた。駐車場も車が多く、人の出入りも激しかった。ところが御廟の前にはほとんど人が居なかった。そしてまた懺悔と経文と感謝をささげさせていただいた。こうしておまいりできるだけでもありがたい。23年前の九月から百八日の奥の院日参の誓願をたてて実行したことを思い出す。そのおかげで九十数日目で師匠を得た。得がたき師匠を得た。もちろん百八日を通すことができた。お正月も高野山で初めて迎えたのを今も覚えている。

御廟の後に地下の法場へ行く。すると全く人が居なかった。そこで、傘と手提げを下に置き、三礼を丁寧にさせていただいた。まさに懺悔と感謝の礼拝だった。嬉しかった。まさかこの場所で三礼を丁寧にさせていただけるとは思っても居なかったからだ。

今から、壇上伽藍へ祈りに行くつもりだ。そしてその後に師匠のお宅で勉強会。それについては、帰宅後に記すつもりでいる。

写真は天野の丹生都媛神社の入り口

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