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2007年1月10日 (水)

諷誦文を作る

今日はお通夜。弟子の一人が初めての参加。上手に韻頭をしてくれたと思う。
さて、今、導師焼香の後に読み上げる諷誦文を書いている。その下書きを以下に掲載する。あくまでも下書きなので、明日の朝までには手直しする予定だ。

諷誦
夫れ惟んみるに舞い降りたる雨雪は姿を変え水となる。爛漫たる花も青々き若葉も彩りし後に風に舞い土に還る。命満ちたる日の光も無常の雲に隠るることあり、夕刻には西の空に必ず沈む。皓々たる月も満ち欠け、朔日にはその姿は消ゆ。木曾・長良の両川共に、その流れは常ならず。大聖釈尊は沙羅双樹の下に化を示し、高祖弘法大師は高野の岩陰にその定身を留め給う。世に常なるものはなく、凡そ生まれたる者は必ず滅し、顕るるものもまた定んで隠るる。
新圓・・・・信女、俗名・・實・。昭和・年・月・・日、旧暦・月・日日曜日長崎県島原にて、高木家の五人兄弟姉妹の次女として生まれたり。原子爆弾の落ちたる長崎県にて小学生として太平洋戦争の終戦を迎え、戦後地元の中学を出でて、・・の地に就職。再び長崎に戻り、・・鉱業に働く。職場内の・・・・と出会い、昭和・・年に結婚、三人の男子授かる。鉱山の閉山に伴い夫とともに・・、・・と移り住み、各務原に落ち着く。二十年ほど前に・・を患い、十年程前には・・に罹るも安穏と暮らす。一昨年に再度癌を患い、何度も入退院を繰り返すも、余命宣言の日付を超えて生を全うしたり。平成十九年一月九日、午前・時・・三分、岐阜県・・病院にて、皆の見守る中、安然とこの世の生を終える。此岸におわすこと二万六千五百六十八日、享年七十四才。その苦しみより解放され、冥土へと旅立てり。
故人は夫の語るところ、その資、実直にして、几帳面であったという。長男・・は。話好きで自分を出さず欲なく叱ることのない母だったという。次男・・の思いでは、あるとき完熟トマトを求めて、夜遅くになるまで捜し求めて買い物に出かけたことであるという。三男・・病臥に伏した後に付き添いをし、普段食べることのなかったものを食べに連れて行った思い出を有する。子息三人の共通する思いは、明るく、朗らかな母であった。家族の中に、その想いでは深く刻まれ、その見える命はなくなれど、見えない命として連綿と今も続いている。
その徳にかんがみ、俗名實・より實・と道号を授け、浄き心を見つめて智浄と戒名を与う。
ああ尊いかな。吾 今悲しみの涙をぬぐい、大日覚王の三昧に住して三密瑜伽の印明を諷誦して即身成仏の妙旨を開く。
精霊諦らかに聴け。汝、既にこの世のの命尽き終わんぬ。阿字の白き光を観て速やかに菩提心を発して如来法性の浄土に帰入せん。因って今授くる所の真言にいわく。
ア アー アン アク アーク  アビラウンケン バザラダトバン 平成十九年今月今日 各務原高家寺 宥智 敬白

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