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2006年10月 8日 (日)

ハッスルの低俗さに哀しみを覚える

プロレスのハッスルで十字架が出たそうだ。おそらくマドンナを意識してのことだろうが、あまりにも低俗で悲しくなってきた。マドンナの場合は、深いメッセージがあった。イエスが本当に言いたいことは何なのか?今の状況に問題はないのか?など等。深く深遠な悲しみに裏づけされた慈悲の心に満ち溢れた内容だった。しかし、今回のハッスルは何なのか?あれは完全にキリスト教を冒涜しているものだ。この同じ日本人の安易さに吐き気さえ感じた。あのようなことは二度として欲しくない。できれば謝罪をしていただきたいくらいだ。宗教者として、プロレスファンの一人としてキリスト教の方々に対して申し訳ないと思う。

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