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2006年9月25日 (月)

四摂を意識する

今日も密教経典をつらつら読んでいた。そこで、感じたこと。やはり密教は大乗仏教だという当たり前のことだ。その大乗仏教をいかに見に修めるか、それこそが密教の眼目であることを改めて感じる。空海はその大乗仏教を内に修めるほどの宇宙観を体得したのだろうという想いも同時に起きる。特に感じたのは四摂(ししょう)と呼ばれるもの。大乗仏教に一切衆生を導く方法だ。布施・愛語・利行・同事の四種。貪りの思いの強い人には布施をし、怒りが強かったり傲慢な人には優しい言葉を用いて語り、相手の利益(りやく)になることを行ったり、素晴らしい知識を持つ人に自ら学び、相手と自分とが同じ事を成して行くという社会的にごくごく当たり前のこと。これが非常に重要視されているのだ。密教経典のあちこちにこの四摂が説かれている。

ただ学問的なことだが、四摂の菩薩である鉤索鎖鈴にこの四つを順に配当する伝統教学には疑問がある。経典のどこにもそのことは記されていない。むしろ、四摂菩薩全てに四摂の方便力が宿されており、その門に入れる順というか役割によって四人の仏になっているだけのような気がする。このあたりはもう少し経典類を調べてみようと思う。

自らが持てるものでないものに布施をし、相手に愛に満ちた優しい言葉で語りかけ、相手の利益(りやく)を考え行動をし、相手と同じ事を行っていく、この基本路線はどんなところでも大切であると改めて感じる。この四摂、これからしばらく強く意識し、自分の体に馴染ませていこうと思う。この当たり前のことが見についていなかった自分をいまさらながら反省をし、このことに気づかせていただく時間を与えてくれた勧学会に深く感謝する。私を見守って導いてくださっている大いなる命の方々に改めて感謝したい。

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