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2006年9月24日 (日)

高野山の早朝は寒くなった

今日の勧学会は寒かった。頭から縮緬帽子をはずすと、ヒヤッとした。朝の6時頃だろうか。私はちょうど柱のところに座っているのだが、左側の後ろは別の部屋があり、右側の後ろは。御簾を上げればすぐ表。右だけが異様に冷えて、結構辛かった。

ただ正座で端坐しているときは、五字文殊法を観念で行っているので、あまりが外温は気にならない。むしろ、一つ一つの観念を丁寧に仕上げることに集中している。今日は不思議な感覚を覚えた。入我我入観の際に、私は五相成身という『金剛頂経』に基づく修法を行っているが、その後に、仏を我に入れ、我が仏に入っていく。そのときに特に後半に感じた皮膚感覚は驚くほどの気持ち良さであった。そして、お寺で御本地供。このときの入我我入観でも同じことが言えた。何かが変わり始めている。ただ最初この気持ち良さに気をとられていたが、ふと気づいた。この気持ち良さは気持ち良さとして、自分のうちに取り込まねばならないと。自分がその気持ちよさに取り込まれると魔道に陥りやすくなる。皮膚感覚の気持ちよさには大きな落とし穴があるからだ。明日の端坐のときは、むしろその前段階の、五相の初段階である月輪観に力点を置こうと思う。十六大菩薩について『略述金剛頂瑜伽分別聖位證法門』の内容をもっともっと自分のうちに取り込んで行きたい。一つ一つの仏のシンボルが、より明確に印じられるように深く深く掘り下げようと思う。

明日は朝の冷気を、皮膚感覚に囚われないようにするための道具として活用してみたい。

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