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2006年8月29日 (火)

『大日経』講伝 第二会 前半

京都種智院大学で師松長先生による『大日経』講伝。今日は伝統的な総論といえる玄談の講義であった。最近、私はよく「この現象界に起きている出来事や、事物に対して、それも大いなるいのちの現われ」と信者さんたちに伝えている。実は来月の6日に行う国際密教学術会議でもそれをテーマにお話しするつもりだ。日本の伝統的な真言密教ではそれを即事而真という。伝授のときに、故内海有昭大阿によく教えていただいたものだ。「この境地に密教の独自性がある」と。そして今日は師よりこの「即事而真」のお話が出た。『性霊集』の最初の文。ここにもその妙旨が説かれている。

では逆はどうなのだろうか。即事而真の境地で現在社会的に注目されている現象を見たとき、それは如来からのどんなメッセージなのだろうか。どのように捉えるか、まさに受けてである私たち個人個人によって異なるのであろうが、ここに真言密教の眼目がると私は思う。社会現象も実は私たち一人ひとりの心に訴えかける大きないのちからのメッセージであるということを知ると、こころの広さが無限であることに気づくことができる。

今日の講伝は、その意味で最近の私が扱っているテーマとリンクしていた。深く感謝。

夕方は親友のF氏と共に食事。和食。お肉や卵えびなどを食べられない私にとってはわがままを聞いてくれるお店が必要だった。そこで京都駅にある吉兆に行った。料理の美味しいのは有名。そして何よりもここは接客がすばらしい。塗れ箸に代表されるように、実に細やかな神経が行き届いている。この接客の中にも仏の言葉を見た。仏の説法はまさに常住。どこにでもある。この店を教えてくれたのは、我が家内。彼女にも深く感謝している。

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