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2006年8月18日 (金)

ペンギン物語

今日は小学生たちと授業前に『ペンギン物語』のDVDを観た。キングペンギンの生態だけでなく、その周りに居るゾウアザラシ・シャチ・オットセイ・その他の鳥たちの生態も映像に映し出されていた。ゾウアザラシには子供たちも目を奪われた。オスのうち子孫を残すことができるのはなんと3%。しかも、そのボスのオスは100匹ほどのメスを従えるという。しかしそのオスも長くその座に君臨するのではなく、2・3年でその座を追われ、最後はボスの座を追われた戦いの傷が元で死んで行き、鳥たちに狙われて三日のうちに骨だけになってしまうという。過酷な自然の姿がそこにあった。しかし、それを残酷と見るのは人間の視点。その流れがあるからこそ、たくさんの生態が守られ種が保存されていく。シャチにしてもそうで、ペンギン側から見ればシャチの狩から逃れたペンギンたちは拍手もの。しかしシャチ側から見れば、親が個に狩の仕方を教えるその知能は驚愕もの。どこに視点を移すかで残酷なのか否かが異なってくる。これは人間世界にもいえることではないだろうか。自然の流れには残酷とか残酷でないというものはない。それは自然が自然の姿としてそこにあるだけ。それを残酷と見るのは人間の視点に過ぎない。逆に言うと、残酷と見てしまうほど、人間界は反自然なのだということを改めて感じる。反自然だからこそ、人間界には残酷ことが多い。それゆえにその残酷だという視点を自然界にも持ち込んでしまい、論理のすり替えを行っているのかもしれない。自然の動植物のあり方を見つめて、それを残酷物語と見るのではなく、人間そのもののあり方を見直すことが大切なのだろう。

自然な人間のあり方は他者を支配し、異邦人を攻撃することなのだろうか?全てのものに愛を注ぐことなのだろうか?

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