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2006年7月18日 (火)

師匠が管長に推戴

我が師匠の松長有慶大僧正が高野山真言宗の管長に推戴された。24日までに他の方が推戴された場合は選挙人による選挙になるが、推薦がない場合は師匠に決定する。師匠の経歴を少し記そう。高野山浄菩提院の住職松長有見高野山大学教授の長男として昭和四年七月二十一日(旧暦六月十五日)に大阪に生まれる。二十一日は高祖弘法大師の法恩日、六月十五日はお誕生日。その後有見教授は高野山別格本山南院の住職となる。師匠は物理学を勉強すべく伊都高校へ進学。ところが有見師が戦後間もなく没したため、旧制高野山大学へ進学する。東北大学大学院に国内留学。そこで、斎藤昌子女史と出会い結婚。二人の男の子をもうける。高野山へ戻り大学の助手。南院の東北にある補陀洛院住職となり、上綱職に。一方では、大学の助教授、教授となり、高野山大学の学長に選出。密教文化研究所所長などを経て、高野山寶壽院門主兼専修学院長となり、検校法印職を経て今に至る。専門はインド後期密教と弘法大師。曼荼羅を世間に広めた功績は多大。多くの著書を著し、わかりやすい説明は定評がある。

私は昭和六十年に師の弟子となった。押しかけ弟子である。あのときに師に言われた「和光同塵」は今も深く胸に刻んでいる。また善財童子の師匠巡歴の話も今の私を支えている話だ。その師匠は学者として有名になり、今も学者と思われている。しかし、そばに仕えてきたものとして感じるのは、師匠は学者ではなく学侶であるということだ。よく拝まれている。だからこそ、学問的な話の中にも師匠独特の感性を感じ、信仰の深みを感じさせられる。

この師匠が管長に推戴された。弟子としては、本当は身体のことが心配で管長職という激務には着いて欲しくない。しかし、真言宗の僧侶としては、この人しか居ないというのも本音だ。だからこそ私は弟子になった。そしてそのご恩は深く強く感じている。あえて言えば、私は不肖中の不肖のでしであるのだが・・・。

24日に今後どうなっていくのかがほぼ決まる。弟子として、影となり支えさせていただければと思っている。

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