« 友人がシアトルとサンディアゴより来る | トップページ | 無理をしないがいい »

2006年6月24日 (土)

どこから来てどこへ行くのか

Mannazでお昼。今日はA市会議員と学校給食の話。未来を担う子供たちが逞しくしかも心穏やかに育つ一助になることを願っている。

そののち、お店のマーティンさんとお話。彼とは宗教心の話ができるので楽しい。心のコントロールの話をした。心のコントロールが聞かないと自制心をなくし、時には発狂さえしてしまう。この心のコントロールをするために瞑想はとても有効的だ。薬は一時的な処方としては有効だが恒久的なものではないし副作用も考えねばならない。しかし瞑想法は。副作用も心配ない。むしろ、心穏やかになり、食事も変化していくという良き作用もありうる。この瞑想法だがやはりその前段階として食事のコントロールが必要だ。お砂糖やお肉を食べたいだけ食べていて、上手な瞑想はしづらい。

そしてもうひとつ面白い話をした。どこから来てどこへ帰るのか。これはまさに大きなテーマだ。私が最も尊敬するカール・ヒルティもこの話を『幸福論』の中で説いている。神秘思想を手にするものは、必ずといってよいほどこの問題に突き当たる。弘法大師も、この問題を『秘蔵宝鑰』の中で説いている。神秘思想に少しでも縁のある人はぜひこの問題を覗いてみてほしい。ただし、釈尊の言ったように、この問題を論理的に語ることは無意味なことだ。論理的に語り考えるのではなく、論理を超えた直観によって見つめて欲しい。そこに広がる大いなる海原を観つめ、どこから来てどこかに帰るのかを心のそこから感じて欲しい。

今日のお昼は有意義にすごせた。感謝する。

|

« 友人がシアトルとサンディアゴより来る | トップページ | 無理をしないがいい »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/65354/10662444

この記事へのトラックバック一覧です: どこから来てどこへ行くのか:

« 友人がシアトルとサンディアゴより来る | トップページ | 無理をしないがいい »