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2006年6月10日 (土)

LAのマドンナのコンサート(5)社会問題に取り組む姿勢

十字架に架けられているときに、その頭のところの映像で、突然数字が動き始めた。エイズによる死亡数3,000,000/年、HIV感染者数5,100,000/年。そのほかアフリカなどの第三世界のこどもたちの救済、環境問題の深刻化など様々な社会問題を取り上げた映像だった。それはクリントン財団のものだった。 http://www.clintonfoundation.org/index.htm 十字架に架けられてのこの映像は、かなり意味深である。私たち一人ひとりが、実は十字架にかけられ苦しんでいるのではないか。そして、飢餓や病に苦しむ地域の人々を放置し、生きることの意味を忘れてしまっているのではないか。この映像をあわせてみると、マドンナがいかに真剣に社会問題に取り組んでいるのかがわかる。

ふと感じた。日本のセレブと呼ばれる人たちはどうなのか?こうしたことで社会還元をしているのだろうか?世界のセレブと日本のセレブの違いは、ここに大きな差があるように思う。日本のセレブでこうしたことに取り組んでいるのは皇室関係者や旧華族の一部くらいなのかもしれない。私は身分制度は好きではないが、にわかセレブと本物のセレブの差が日本では生まれてしまう。

マドンナにここでも教えられた。こうした人々をリードできなかった日本の宗教界には大きな責任があると。一人でも多くの人が心穏やかに、そして共に手を携えて生きていこうとすることの大切さをもっともっと真剣に取り組まねばならないとさえ感じた。

次回は十字架から降りてきたマドンナを記述予定。

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