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2006年5月 2日 (火)

魅せる・・・プロレスの堕落より学ぶ

格闘技。私自身は実践しないが、TVでよく観てきた。ところが最近あまりにもショーアップされすぎて、観ていても感動しなくなってきた。逆に、技を進化させすぎて、自分たちの世界にはまってしまっていることも少なくない。プロレスもそうだ。私は新日本が好きだった。学生時代より、アントニオ猪木、坂口征二、藤波辰巳、タイガーマスク、前田明など、新日本をずっと応援してきた。しかしこのところの騒動で、大好きだった西村修までもが退団。そして藤波辰巳までも退社騒動。棚橋は好きだが、そのほかの選手にはあまり身が入らない。そうなると見ることもなくなる。一昨年、愛知県体育館までG1クライマックスを見に出かけたほどなのだが、今は岐阜に来ても観にいく気がしない。これは何故なのか?それにひきかえ、ローリングストーンズが来たら、今の私なら東京でも観にいきたいと思う。彼らは技術を極めた演奏者ではない。しかし魅せることには妥協しない極め者であるには違いない。これは何なのか?

今のプロレスも格闘技も客と対話していない気がする。自分自身の戦いに熱中するあまり、魅せることを忘れているのではないか?プロレスに関しては勝負は二の次である。客に見ていただくという中ではガチンコ勝負である必要はない。しかし、人を魅せつけるのは勝者ではない。時には敗者のほうが勝者よりも観客を魅了する。

客が居るということは、そのものを極めることよりも魅せるということを極めたもの。これはプロレスばかりではなく、ほかの商売にも言えるだろうし、ショーにも、演技にも、もちろん教育現場でも宗教社会でも同じような気がする。魅せることを徹底して極めることの大切さを、プロレスの堕落によって、そしてローリングストーンズによって改めて教えられた。感謝感謝だ。このブログもこれからは魅せることを大切にしたい。

月の美しさに魅せられ、今日はこの「魅せる」をテーマにした。今宵はこれまで。

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