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2006年5月10日 (水)

本物の改革、それは人づくり

税理士さんとお話しする機会を得た。そこで伺ったのが、技術者のこと。町工場の天才的技術者が消えて行っているという事。世の中がハイテクになればなるほどローテクの技術者が消えていく。ハイテクは90点をつくる機械を誰もができるようになるが、100点を取る技術者を消してしまう。技術者は、50点も自らでは取れないものになってしまう。果たしてこれで良いのだろうか?

そこで話し合ったのが以下のこと。

(1)学校教師の採用において、免許で合格する人と、地域推薦・学校長推薦・PTA推薦・地方自治体推薦などの推薦採用の人の拡充をする。社会を観てきた人とそうでない人との差は大きく、技術者確保のためには、学校優先型の今の教育では不可能。学校の教育現場から価値観を転換させなければならない。

(2)マイスター制度の確立。技術学校に学士と同じ権威を与え、さらに一定の技術を身につけたものには修士号に相当するものを与える。ある意味職人芸というか、神がかり的な域に達した人には博士号に相当するものを与える。これは技術者の確保に不可欠。

この(1)(2)を同時に行わなければ技術立国日本に未来はない・・・ということになった。これは工業における技術だけではなく、他の伝統文化に関するものも同じ。お茶やお花の世界が保たれているのは、やはり免許制度のためだろう。この免許がよいかどうかは別として、少なくとも自分を磨かなければ、皆伝や教授にはなれないはず。歌舞伎の世界も、もちろん問題はあるはずだが、徒弟関係が比較的しっかりしていることが保たれている要因だと思う。

ただ資格が良いかというとまた問題も多くある。学校の先生のような資格はあまり良いとは思えない。害のある資格は、政策担当秘書制度。この制度のおかげで政策秘書が秘書のまとめ役としての秘書としての機能を失ってしまいがち。もし今の制度を残すのならば、主席秘書、政策広報担当秘書、次席秘書という名称に代えて給与の順位も入れ替える必要があるように思う。資格は一度取れば永久的にというものではなく、定期的に更新するものが重要に感じるのは私だけか?

とにかく今のままでは日本の技術立国としての地位は失われるであろう。その後に、伝統文化立国になるにせよ、そのほかによるべきものを持つにせよ、はたまた技術立国として維持するにせよ、教育改革と制度改革は必須である。小泉首相の改革は、確かに一定の評価をすべきではあろうが、やはり根本治療をしたというよりは対処療法に過ぎなかったように思える。対処療法は緊急時には大切だが、根本治療には繋がらない。「本物の改革は人づくり」このことを真に理解した指導者がこの国をリードすることを心より望む。

今宵はこれまで。

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