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2006年5月11日 (木)

写真撮影のひと時

今月でパスポートが切れてしまうことを知り、今日はパスポートの更新に行って来た。海外に出るわけではないが、切れる前にと思い出かけた。岐阜県民ふれあい会館。そこの売店で写真を撮りに行った。すると私より前に写真を撮っていた若い人たちが、写真の出来不出来や、いろいろなことに文句を言っていた。ちょっと悲しかった。機械が悪いんじゃない。あくまでも説明が気を読まずに撮影を行った本人たちの問題なのではと疑問に思った。ふと考えてみた。実は自分に非があるのに、機械のせいにしたり他人のせいにしたり、いろいろなことをしている自分がそこに居た。そうするとその若者たちの文句も悲しみではなく、自分自身へのメッセージと聞こえてきた。ここで改めて知る。他者の行為は他者のものではなく自分がそれをどう解釈するかということが大切であることを。

昨日、ヴィジョンのことを記したが、かつて修行の師匠故内海有昭前官さまより言われたことがある。加行といわれる修行の最中に、いろいろな映像が出てきてしまった。そのことを告げると、「マーラだから無視しなさい」という一言。そしてそれを乗り切り、見えなくなると、逆に気持ちよく修法ができた。映像は使い方によっては毒にもなり薬にもなる。あのころの私には確かに毒だった。師はそれを見抜いていたようだった。ヴィジョンやサウンドなど人によって様々だが、ときおり通常の状態を超えるものに出会うことがある。そうしたものにとらわれると、波が荒くなり、心の奥底にあるもっとも微妙な波がかき消されてしまう。本来はこの微妙な波が大切なのだが。この微妙な波も、荒い波も、やはりそれをどうして行くかが大切なのだということを感じている。

写真撮影のことも、昨日記したヴィジョンのことも、すべては一本に繋がっていた。他者をも自分をも、ごまかさずに生きる。それがいかに大切なのか、それを教えてくれる出来事だったのだ。写真撮影のひと時に大きく思いが飛んでいった。感謝。

追伸:ちなみに写真の出来は・・・   ふれあい会館からの帰り道、道を間違えた。ところがその道は岐阜県の神社本庁の前だった。先日ここの職員さんと知り合ったばかりだ。ここでも共時性(偶然の一致)に出会えた。思わず夫婦でニッコリ笑って合掌した。感謝します!

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コメント

しばらく前の「仕事内容を載せない言い訳」=
随分前ですが私事のお金が返ってこなくなった件、物に執着していたあの2年間の苦しみ。今私はそのお金がなくても普通に暮らしている。もしかしたら、それが返済されていたら今の私は確実にいなかったのかもしれない・・お金が入れば何かをなくす、と住職から諭され、はっと気付くことがあった。この件を載せて下さって結構です、今の時代、お金で苦しむ人達が多くいると思いますので・・

投稿: 坪井朱実 | 2006年5月11日 (木) 17時42分

坪井さんへ
物への執着。ふと私も気がつきました。おっしゃるとおりですね。握っていると、手放さずにいると前に進めませんよね。今回の坪井さんの言葉は私には共時性(偶然の一致)でした。家内と話し合っていたところだったんです。実は横浜の部屋を解約するかどうか迷っていたのですが、坪井さんの文を読み決断しました。次へステップします。資金的にも余裕が出来るようになるし、前に進みます。既に面白い動きがあるんです。そのためにもヴァージョンアップしなければね。楽しみにしていてください。今度の動きを・・・ハハハハハ

投稿: 遊歩 | 2006年5月12日 (金) 12時14分

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