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2006年4月 5日 (水)

ローリング・ストーンズ

ナゴヤドーム。ローリングストーンズのコンサートに行く。会場に行く前に、高島屋の地下で、お寿司とお結びを購入した。案の定、名古屋ドームには私たちが食べられないレトルト食品ばかりであった。先に購入しておいて大正解だった。

時間になり、見知らぬグループの演奏。演奏はうまいとは思ったのだが、あまりにものカリスマ性のなさに、面白みを感じず、私は中座。トイレに行ったりして時間をつぶした。私と同じような思いをした人が、グッズ売り場でたくさん屯していた。

休憩時間が終わると、ミックジャガーの歌声。その瞬間に、私の背中に電気が走った。スゴイ!歌がうまいとか演奏がうまいとは全く思わない。むしろあまりうまくないと感じる。しかし、このカリスマのすごさは何なんだろうか?スゴイとしか言いようがない。2時間半の間、大してしゃべるわけでもなく、ただただ歌だけで何万もの人を魅了し、興奮させ、熱狂させるあのお年寄り(失礼かなぁ?)たちのスゴサには敬服した。ローリングストーンズを全くと言ってほど知らない私たち夫婦も、すっかり魅了されてしまった。グッズはカミさんは光るバッジを、私はスポーツタオルを手に入れた。これは愛嬌。

さて、このストーンズを観て感じた。歌は歌唱力や演奏の技術じゃないってこと。あの情熱と、心から感じるあの感性。そして客との一体感。理屈を超えた大きなものを感じる。

もっと言えば、お寺の法要も、僧侶のお話もそれと全く同じことが言えるのではないか?寺子屋の授業にもいえる。ひょっとすると、商売をはじめとする人相手の仕事、地域のお祭りにも、夫婦間にも、親子間にも、友人間にも、政治的なことにも、人と人が関わるものならなんにでもそれが当てはまるのではないかと強く感じた。小さな技術にこだわるのではなく、その技術を遥かに凌駕する感性と熱く強く燃え上がる情熱。そしてその情熱と感性の共有。これこそが大切なもの。人が生きるということの意味の深みを垣間見ることができた。

実は明日はカミさんと今後十年の計画を立てようと話し合っていたところだった。このローリングストーンズのコンサートは、その私たちに計画に強く響くものになったことは確かだ。何を思ったのか、突然このコンサートに行きたいといって、私を無理やり連れ出してくれたカミさんに感謝。このコンサートに行き、帰りを送ってくださったKさんご夫妻に感謝。ナゴヤドームでの時間を共有してくれた皆に感謝。もちろんローリングストーンズには深く感謝。そして、このコンサートで様々なメッセージを伝えてくれている大いなる命に感謝。

また近日中に、ローリングストーンズについて書いてみたいと思っているが、今宵はこれまで。またの機会に。

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